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「……る…、イ……?」  何度か喉を上下させ、《白蛇》幹部はかろうじて声を絞り出した。  わななく唇を引き結ぶことなく、呆然と想い人を凝視する。その冷たい声も突き放す態度も、きっと聞き間違いだと信じて。 「今日はお前、ここに何しに来たんだ? 謝りに来たんじゃないのか。その舌の根も乾かないうちに、今度は病院送りにしてやるって? ……しかもそれが、『オレのため』?」 「……え、 あ……急に、どうし」 「で、オレはどういったリアクションをすればいいんだ。手を叩いて喜べばそれで満足すんの?」  辿々しい《白蛇》幹部の声は、想い人の耳には届かない。 「『オレのため』。みィんな言うんだ、『オレのため』だって。オレを守るため。オレを助けるため。オレを喜ばせるため。オレのことが、好きだからって。口を揃えて言う。馬鹿のひとつ覚えみてえに、示し合わせたみたいに、イう」 「……あ…、……」 「それが免罪符になるとでも、思ってんのか」  ごわごわと陰気を漂わせる重そうな鬘の隙間、瓶底眼鏡の奥。  淡く彩付く両眼がぎらりと存在を主張する。 「何がオレのためになるかなんて本当は誰も考えちゃいねえくせに。誰だって自分がオレに良く思われることしか考えてねえくせに。『さあお気に召したかならば自分を選べ』とばかりに、オレに採点を強制する。仲間を、友達を、家族を、男も女も関係なく恋愛感情で見ろと強いる。 無視をすればオレのせい。気付かなければオレのせい。テメェらは自分勝手に自分のキモチをオレに押し付けるだけのくせに、応えなかったら全部オレが悪いと。自分の無責任を棚に上げてオレを責める」  言葉の節々に込められる憤り。 「結局はお前が良かれと思ってやっただけの自己満足で、自己陶酔で、自己愛だろうが。そこにオレの意志はカケラも汲まれちゃいないのに、みんな、みィんな、オレの為。オレの為にオレの為にと言った結果が全部オレのせいになってんじゃねえか。ホント、笑える。バッカみてえだ、オマエも……オレも」  歪に上がった口角が顕す嘲笑。嗤笑。 「ありがた迷惑だってわからねえのか。自分たちがいかに恩着せがましいか、気づかねえか」  吐き捨てられる棘の数々に、ついに《白蛇》幹部は俯いて自らの耳を覆い隠した。 「好きだのなんだの………所詮はお前のエゴでしかないのに、オレを理由に正当化してんじゃねえよ」  

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