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養護教諭いわく、そこまで酷い怪我ではないが、無理に動かせば当然完治が遅れるので「戒め」として三角巾までつけたらしい。
この無節操男が大人しくしているためのストッパーの役割なのだと。
「どうした副会長殿、黙りこんで。もしや志紀本の画伯のせいで神宮が期末で容易く成績一位を取ってしまうと懸念しておるのか? 何、心配無用。神宮は音楽の才が雀の涙にも満たぬから毎年熾烈な一位争いが繰り広げられ、」
「二葉てめえ……」
聞く予定もなかった第三学年の競争事情は頭の片隅に留め、会長に向き直る。
俺の心底気遣わしげな眼差しに反して、会長は苦虫を噛んだような渋い顔つきになった。失礼なこって。
「ちゃんとあんせいにしてましたか?」
「……この前から、俺にまで過保護発揮しやがって。一体いつになったら"ごっこ遊び"を辞めて通常通りのお前に戻るんだ」
「月曜の朝、言ったでしょう。もうお忘れですか」
『あなたの怪我が治るまで、身の回りのことは私が責任を持ってサポートさせていただきます』、と。
会長にそう宣言したのは、会長が怪我を負って一夜明けた月曜日、登校前の朝。
あの日、朝5時前に起床して自分の準備を完璧に終えた俺は、会長が起きる時間を見計らって会長の寮部屋に突撃。
低血圧気味の顔で玄関を開けた会長を前に、上記の宣言を行った。
『……この腕のことは責任を感じなくていいっつったろ。さっさと戻れ』
『罪滅ぼしではありません。純粋な厚意です』
『ああ言えばこう言うな。簡単に言ってくれるが、具体的にどんなサポートをするつもりだ? そう言うからには、俺を満足させてくれるんだろ?』
『如何にも偉そうな物言いを選べば私が退くとでも思っているんでしょう? 今回ばかりは譲りませんから。───では、脱がしますね』
『……あ?』
そんな導入ではじまった、名付けて『会長の右腕生活』。
手始めに行ったのは着替えの手伝い。
懐に滑り込んでルームウェアの上のボタンに指をかけたときの会長の驚いた顔、あれを見れただけで一矢報いた気になってスカッとしたのは内緒である。
『、は………朝から積極的だな。状況、わかってんのか? ここは俺の部屋だ。何をされても文句言えねえぞ』
『それが原因で怪我を悪化させたら養護教諭に言いつけます』
『……左手だけでもやれることはある』
『いいから動かないで下さいよ。上手く脱がせない……』
『この下手くそ、早くしろ。手つきがやらしいんだよ』
『こっちは労っているだけなのになんですかその言い草』
『あぁクソ、生殺しかっての……』
と、朝っぱらから言い争いしながらもなんとか上の服を着替えさせ(下は普通に断られた)、包帯も新しいものに替え、朝食の注文・手配・配膳をし、そして会長の分の鞄を持って登校。
昼は食堂で、夕方は生徒会室で、夜も入浴前には、まあ、いろいろな世話を。
些細なことならドアの開け閉めや荷物運び、肩を揉んだり遠くの醤油瓶を取ってやったり、負傷中の会長を狙ってよからぬことを企む襲い受けタイプのネコを威嚇したりと、できる範囲での護衛と介護、じゃない、サポート役に従事している。
「……それに、"ごっこ遊び"だなんて失礼にも程があります。これでも私は真摯に、あなたの助けになればと思って身を粉にして尽くしているというのに」
「そう豪語するなら言われたことすべてに従えよ?」
「何事にも専門外というものがあります故」
サポートするとは言ったが、いかがわしい意味での奉仕活動をほのめかされたり、入浴や同衾と称してバスルームやベッドルームに引きずり込まれそうになったときは、迷わず守衛さんにSOSを出した。
養護教諭から守衛さんにはすでに話が通っている。そこは抜かりない。
ここ連日、授業を除けばおはようからおやすみまで俺が見張っているため、会長が溜まっていることは知ってる。
この調子で無節操な生態が落ち着いてくれたらいいものをと思わんでもない。
そんな俺たちのやり取りをすぐ傍で見ていた二葉先輩が、何か閃いたような明るい声で口を挟んだ。
「何やら献身的だな、副会長殿。どうだ神宮、こやつなら外に出しても恥にはならぬのでは?」
「……二葉。こいつに要らねえこと吹き込むな」
ん? なんだ。話が見えない。
二人の間でひっそり疑問符を浮かべていれば、肩越しに綺麗な顔が覗き込んできて、透き通った深い色の瞳と視線が交わる。
「……夏期休暇に暇はあるか? 副会長殿」
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