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粛然とした佇まい、流れるような自然な動作、口を閉じた以降ピクリとも動かない表情筋。
短めに整えられた黒髪や外見からしてザ・堅物、ザ・硬派なイメージなのに、首に掛けられた洒落たデザインのヘッドフォンや肩にかけられた学生鞄代わりの個性的なリュックなどが、適度にハメを外している感がある。
確か、玖珂 くん。
隣のクラスで、マツリの友人。
これまでまともな会話どころか、直接顔を合わせたことも数える程度しかない相手だ。
しかしその少ない情報の中に『堅物武士属性』の片鱗が見えただけでなんだこの印象の強さ。
「譜面に汚れや折り目はありませんか?」
「……心配、ない」
お、今度は標準語だ。
一拍妙な間があったからガン無視されたのかと思ったが、ちゃんと返事はしてくれるので会話したくないとかではないんだろう。
まあでも、正直、いまいち掴みどころがないタイプではある。
無口な相手と会話を続けるのは実のところ苦手だ。口数が多いマツリくらいが玖珂くんにはちょうどいいのだろう。
さて、あまり引き留めてもいられない。
時間帯や格好からして、玖珂くんはこれから部活に向かう途中だったのだろう。
吹奏楽部の打楽器を担当しているらしい。
うちの吹部は強豪だから、演奏しているシーンを何度か見かけたことがある。今年も是非とも健闘してもらいたいものだ。
俺も俺で、早く生徒会室に行かねば。
このテスト週間は勉強を優先したし、捌ききれなかった仕事が気がかりだ。
そう思い、一礼しようとしたまさにそのとき。
くぅぅ、という、音が。
無音の廊下に響く。
発信源は。
「……お腹、すいてます?」
「……………………失礼した……」
どうやら、腹の主張の方は静かでもないらしい。
気まずそうに咳払いをして誤魔化そうとする玖珂くんの様子に俺がかえって居たたまれなくなり、片手に提げたショッパーを見下ろした。
なかには6つのマフィン。チョコチップか抹茶かきな粉の三択で、一種類2個ずつ。
ちなみに実技の審査員長である家庭科教師は抹茶が好きだ。見た目は合法ショタのくせに味覚はちょっぴり大人、という彼のアイデンティティーに沿ってやれば心証はうなぎ登り。点数稼ぎのため、リサーチに抜かりはない。
味や見た目もそう悪くはないと思う。
本場で修行を積んだ生徒や老舗和菓子店の息子、飴細工で応龍を造る職人レベルの生徒と比べたら質素なのは否めないが。
ショッパーの中身が見えるように玖珂くん側に傾け、そっと献上する。
「あの、良かったら、おひとつどうぞ」
「! ……俺が貰っていいのか」
「どうぞ」
「……。恩に、着る。有り難く、頂戴する」
そう言って、玖珂くんはまるで武道の挨拶のように俺に一礼した。
いやいや、堅い堅い堅い。
言い回しのせいかめちゃくちゃ善行した気分になってくるけれど、処理に困っていた余りもののマフィンだからこっちの方こそひとつ減らしてくれてありがとうと言いたいくらいだ。
本当はこんなに余らせるつもりじゃなかったのに、分量をミスったせいで多めに作らざるを得なくなった。すべては紘野が邪魔したせいで。
その余った6つの中、玖珂くんが手を伸ばしたのはわりと自信作のきな粉マフィン。簡素なラッピングを外し、ふんわり焼きあがったそれに男らしく齧りついて、二口そこらで完食してしまう。
そして指の先についた粉をぺろりと舐めとった。
「『新聞部厳選☆イケメンにしか許されない仕草トップ5位:指舐め』キタァァアー……ッ!!」
ネタを嗅ぎつけて俺の背後にストーキングよろしく隠れていた写真部兼新聞部らしき生徒が玖珂くんのその仕草に打ち抜かれて床に倒れ伏したようだが素知らぬフリをする(一息)。
それでもばっちりシャッターをきるあたり、しぶとい。ここの写真部まじしぶとい。
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