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「…馳走になった」 「え? ああ、いえいえ」 「……美味しかった」 「あ、はあ。お口に合って良かったです」 「……マツリには悪いが」 「?? 何故ここでマツリが?」 「……いや、何もない。……聞き流してほしい」  返事がワンテンポ遅れるのは、もしかして癖なのだろうか。相手のリズムが掴めず俺も出遅れそうになる。  そのまま礼儀正しく一礼して去っていく玖珂くんを、「ちょっとお待ち下さい」と引き留めた。  不思議そうに振り返った玖珂くんを前に鞄の横ポケットを漁り、取り出したポケットティッシュを差し出す。菓子食ったその指で楽譜を触ったら今度こそ汚しちまうぞ。 「……すまない。助かる」 「いいえ、どういたしまして。……その楽譜、すごい書き込みですね。コンクール用ですか?」  玖珂くんが指を拭うあいだに、ちょっぴり話題を広げてみる。  音楽分野は実はけっこう好きだ。  邦楽や洋楽の楽曲はもちろん、小学生の頃は二年ほどピアノを習っていたのでオーケストラや雅楽も詳しくはないがわりと好んでいる。「エリーゼのために」だけは四回聴いたらしんでしまうので未だに最後まで聴いたことないけど。  玖珂くんが持つ楽譜で驚くのは、その書き込みの量。どの譜面にも隙間がほとんど見当たらない。  指を拭き終わった玖珂くんは、少し考えてから、首を横に振る。 「……。これは……祭囃子」 「祭……まさか、七夕祭りで演奏を?」 「……ああ。まだ一般生徒には当日まで内密……なのだが」 「勿論、ナイショにしますよ。祭囃子となると、玖珂くんは和太鼓?」 「……いや、今回は、篠笛をさせて貰うことになった」 「そうなんですか……楽しみにしてますね」  やっぱり祭りといえば『和』だよなあ。楽しみだ。  うだるような暑さも事前準備も億劫で仕方がないが、当日に向けてこうして励んでいる生徒たちを間近で見ると、俺もしっかりやらなきゃなって気持ちになってくる。  もう一踏ん張りだ。頑張ろう。 「……そう言って貰えると、うれしい」  先ほどより少しだけ柔らかくなった表情と声のトーンに気づいて、なんだかこっちも嬉しくなった。  そのまま別れ、足取り軽く去ってゆく玖珂くんの背中を見送る。想像以上にキャラが濃かったが、まあ、悪いひとではなさそうだ。  そして俺も生徒会室へ向かうその去り際に、写真部兼新聞部が所持していたカメラの回収も忘れない。  特に七夕祭りなどの大きな行事の前後では、スキャンダル記事のネタ集めを企てる輩が増える時期だ。プライベート大事。  過剰なストーカー行為と無断撮影の証拠として、あとで写真部兼新聞部の部長である広報委員長につきつけてやる。  人質は部費だ。覚悟しろ。  しかし生徒会室に行く前に片付けてしまいたいのが、手元にある残り5つのマフィン。  個数的に生徒会のメンツに渡そうかとも一瞬考えたが、いの一番に会長から発熱を疑われるだろうし、菓子作りが得意な双子の舌には物足りない出来だろうし、何より俺のキャラではない。  できれば生徒会役員にはこのマフィンの存在を知られたくない。  だが、どうやって処理すべきか……。 「……"恩に着る"、か」  なんとなく頭に残っていた玖珂くんの堅物ワード。しばし考えながら、手元の焼き菓子を見下ろす。  ガラではないけれど。でも、たまには。  脳内に何人か浮上した人間の顔を思い浮かべて、くるりと踵を返した。  

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