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比較的一番近場だったとある扉の前に立つ。
開かなかった場合はおそらく中で何事かが営まれている最中だと思われるので、そのときは一目散に逃げよう。
こんこんこん、とノック。
中から気怠そうな返事があったので、恐る恐るスライドドアを滑らせる。
「……失礼、しまーす……」
「、お。副かいちょォ?」
ハスキーなエロボイスにアッシュブロンドを後ろで結った超絶美男に出迎えられた。しかも黒縁のメガネをかけている。
どうしよう、不覚にもメガネで萌える人間の気持ちが分かってしまった。
最初の目的地はここ、第一保健室。
何気に養護教諭と二人きりの状況は初めてなので、なんだか急激にどぎまぎしてきた。
「一人? とりあえず入りな」
「あ、はい」
入口の前に佇む俺の傍まで歩み寄った養護教諭に勧められ、保健室の中に足を踏み入れる。
すると養護教諭が俺の後ろで変わりに医療用のスライドドアを閉め、かちゃんと鍵がまわり………え? 鍵?
「やァっとその気になってくれた?」
「……は? 違」
「別になくてもいいケドな。あんたみたいな手合いは無理矢理開かせる方が好みだ」
ほぼ口付けられる距離でこめかみへと声を吹き込まれ、脳髄に直接響く感覚に背筋がぴしゃんと伸びた。
メガネの奥で楽しげに笑うふたつの瞳からどうしても目を逸らせない。けれど腰に回された手の動きにハッと我に返る。百戦錬磨の指使いにゾクゾクと駆ける甘い痺れはいっそ無視し、相手の手首を捕まえた。
……いやこれは、ワザト捕まえさせたのか。掴んだ手を逆にとられ、引き寄せられる。
紅い唇がいやらしく笑った───。
「人の居ぬ間に一体何を悪さしてるのかな、繋くん??」
保健室のさらに奥の扉から出てきたイイ笑顔の守衛さんが注射針片手に立っていた。
ま、待って、それの用途は一体。すんげ恐いんですけど。
「どうしたの支倉くん。よりにもよってこの猿の元に君がわざわざ一人で足を運ぶ必要ないのに」
「オレが猿ならテメェなんざただのハイエナじゃねェか」
「あーーーーーとにかくここは危ない。今すぐ離れるんだ支倉くん」
まあ、守衛さんが一緒なら好都合だ。どうせ最後は訪ねる予定だったので、手間が省けた。
安全圏まで近寄り、簡素なラッピングが施されたマフィンを差し出す。
「その……大したものではないのですが。これを」
「「?」」
「お二人には日頃からよくお世話になってますので。良かったらどうぞ」
自作の焼菓子を礼に贈るなんぞ客観的に見ても我ながら乙女思考だとは思ったが、二人にはいつも世話になっているし、ほんの気持ちだ。
同年代相手とは違って向こうも大人なので、俺の行動を変に茶化したり物珍しいからと訝しんだりしないだろうし。
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