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守衛さんは日頃の警備の仕事はもちろん、俺たちが授業でいないあいだのノアの世話や躾などを一手に引き受けてくれている。
養護教諭はノアの獣医として度々助言をしてくれるし、先日会長の腕のことで気を遣ってくれた謝礼も兼ねて。
「えっ、えっ、俺に?? っっ、わあわあありがとう!! 写メ、写メ撮らないと……!」
喜色満面のリアクションをくれたのは守衛さんだった。品のある容貌に、子供のような笑みが溢れる。
激写されたマフィン(チョコチップ)の画像は彼の携帯のフォルダに収められた。そんな大層な味でも見た目でもないので、あまり期待値をあげてほしくはないのだけれども。
菓子の写真撮るなんて女子力高、というツッコミは脳内にとどめたが、自然と口元は綻ぶ。ものを贈った相手に喜ばれて、嫌な気分になる人間なんかいない。
その一方、養護教諭の反応はというと、菓子を一目見て少しばかりの沈黙があった。
数瞬後には何事もなかったように礼を言われ、マフィン(抹茶)は白衣のポケットへと収められる。
いつもと違うその反応は本当に一瞬で、危うく見逃すところだった。もしかして、無理して受け取ってくれたのか……?
「養護……あー、もしかして先生、こういうプレゼント系は苦手でした?」
「あ、今のセンセイってイイな。なんかエロい」
「……」
「繋なんて猿でいい」
「お前への『守衛さん』呼びもそそるよなァ」
「呼び方ひとつで発情するお前とは違うんだよ」
脇目も振らず脱線していく話題に戸惑う。
誤魔化されているのだろうか。やはり迷惑? 触れてはいけない話題だった?
大人二人の会話を一歩外れて聞いている俺に気付いた養護教諭が苦笑いを浮かべ、自身の後ろ髪を掻き乱す。そのたびに、透き通ったアッシュブロンドがさらさらと揺れた。
「あァ、えっと……悪ィな副かいちょォ。別に苦手ってワケじゃねェんだ」
「こいつは昔、メシに有害物質混ぜられて以来他人を介して貰う食い物は身体が受け付けなくなっただけだから、支倉くんが気にする必要ないからね」
「………っ…、…!! ……!!?」
思わず二度見する。
二人を見比べて反応を窺った……ものの、特に普段と変わった様子はない。
世間話の延長同然だ。
でも内容を思えば、……そんな、軽い話題じゃないだろうに。トラウマになっててもおかしくないのに。
うわ、俺余計なことしちまったかも……。
「……まァ、作った人間がハッキリ割れてんならいいンだ。実技で余ったんだろ? ありがたく貰っておく」
俺の思考を読んだかのようなタイミングで、俺の気持ちを汲んで笑顔で応えてくれる養護教諭。
何だかんだで大人だなあと、思う。
用は済んだからと二人にお辞儀し、第一保健室を後にしようとすると、何故か「お返し」として養護教諭からは紅茶のティーバッグを一箱と、守衛さんからはカラフルなキャンディをたくさん貰った。
ホワイトデー方式じゃないんだからお返しはいらなかったんだけど、と思いながら、来たときより少しぎゅうぎゅうになったショッパーの中身を見て笑う。
マフィンはこれで残り3つ。
さて次の目的地は、生徒指導室。
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