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 職員棟のさらに奥、廊下右手の個室。  ノック代わりのインターホンを押してしばし待つと、少しの間を開けて、ロックが解除される音。 「クマ……さと先生。失礼します」 「どうした支倉、お前が生徒指導室なんて珍しいな」  まあ生徒一同、好んで行きたい場所じゃねえわな。  生徒指導・クマちゃん先生に勧められるがままソファへと腰掛ける。  視界の片隅で、直前にクマちゃんが掌の中に隠したものが脳裏で引っかかったものの、気付かなかったふりをして、無精髭の強面教師を見上げた。  ……疲れているように見える。  期末直後の採点などで忙しい頃合いだし、間が悪かっただろうか。 「すみません、忙しいタイミングに……出直してきましょうか?」 「いや、いい……不正防止対策の件で、少し気を張っていてな」  あー……中間考査でのカンニング疑惑の件でか。  一度目はまだ不測の事態で済むが、二度目ともなれば教育側の対策不十分と捉えられかねない。今回の期末考査にあたって、教師陣も慎重にならざるを得まい。 「今回は特に問題もなかったと聞きましたが……例の、佐久間くんの周辺に変わりは?」 「心配いらない。……と言っても、おれ自身が何かしたわけではない。防止策はすべて風紀の提案を受け入れたまでだ。恥ずかしい話だが、生徒にここまで世話になっていては一教員として立つ瀬が無いな……」  志紀本先輩だろうなあ……。自分の勉強もあるくせに余裕かよ……。  あんたが有能過ぎるせいでクマちゃん凹んでんじゃねえか。まあ、頼りきりな教師が多い中、教師として、大人としての葛藤に苛まれるクマちゃんは、自分に厳しい人なのだろう。 「おれの話はいい。支倉、用件は」 「苦手でなければ、差し入れをと思いまして」  すす、と硝子テーブルの上にマフィン(きな粉)を滑らせる。  守衛さんや養護教諭と比較しても俺にとってクマちゃんは別段関わり深い相手じゃないし、さほど世話になった過去もないので、突き詰めていうと、このブツはごますり用の賄賂である。  受け持つ学年が違う俺のことを何だかんだ評価していただいてるので、これからもご贔屓に。そんな意味合いを込めてすりすり。  クマちゃんの反応といえば、マフィンを見た途端つぶらな瞳が一瞬キラッと煌めいて、けれど瞬く間に仏頂面が作られる。 「……。……嫌いではない」  クマちゃん………そわそわが誤魔化せてねえよクマちゃん……。  ジャージ上下に見た目モロ筋者なのにまさかの甘党とは……!  ポーカーフェイスを装うのは困難だと早々に判断した俺は、不自然にならないよう会話を切り上げ、席を立った。  はずが、またもや「お返し」と称してあんこぎっしり焼きまんじゅう入りの紙袋をいただくことに。  思わぬ収穫で嬉しい反面、来たときよりショッパーが重くなってしまったことに苦笑する。日持ちすればいいのだけれど。 「こんなにたくさんいただいて良かったんでしょうか」 「ああ、どうせ貰い物だ。一人では食べきれんし、ちょうどよかった」 「ありがとうございます……失礼しました」  生徒指導室を出て三歩。ふと、頭の隅に気にかかっていたことを思い出す。  突然の訪問で慌てたのか、俺が入ったあとにつけていたことに気づいたようで、さりげなくデスクの下に隠された左手の薬指。次に手が見えたときには何もつけてなかったから、今頃ソレはポケットかどこかに収められているのだろう。 「クマちゃんって既婚者だったのか……?」  そしてその事実を、隠したがっているのか。  

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