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「あれ、魔王様? どったの?」
守衛さんから貰ったキャンディのマスカット味を咥内でカラコロさせながら、とある一室に足を踏み入れる。
ここは本当に迷ったけど。世話になるより世話をすることの方が多いけれど。
一応担任だし。一応、生徒会顧問だし。
《月例会議》でも、まあ、助けてもらったし。
「入って入ってー。よぉしこれで採点サボる理由ができたぜ」
「来世また来ますね」
「ステイステイ」
引き返そうとしたら回り込まれて通せん坊に遭う。
くたびれたYシャツにノーネクタイ、足には何故か雪駄、放課後の今なお後ろ髪の寝ぐせに気付かないクソみたいな大人。
ある程度身なりを整えてさらに黙ってさえいれば大人の男性的な雰囲気と精悍で男前な顔立ちに羨むほどの上背なのにどうしてこうも悪い意味で化ける。
「あいっかわらずひっっっどい汚部屋ですね」
「てへぺろンヌ」
勤務態度がだらしない担任は私生活もひどいようで、教員用の個室の中でも藤戸氏専用の部屋は足の踏み場すらない。元はせっかく綺麗な部屋なのにあんまりだ。
教材等で物が溢れているならまだしも、ゲームやフィギュアや攻略本や酒………おいコラ。勤務中だろコラ。
そんな小言を、黒革のオフィスチェアで寛ぎ始めた藤戸氏に言おうとして、しかし寸前で遮られてしまう。
「そういや魔王様さー、最近夜に出かけたっしょ。他の役員も一緒に」
「ご存知だったんですか?」
「えっ俺これでも生徒会顧問……」
コレが何故生徒会顧問に据えられているのか未だ不思議である。本人のだらしなさを差し引いても、二年の担任よりも三年の担任で立場も上なクマちゃんの方が適任なのでは……?
思考が脇道に逸れたが、先日の召集の件をここで持ち出してくるということは……これはもしやお説教コース? いくら藤戸氏だろうと曲がりなりにも教員だし、お咎め無しとはいかないか?
まあ、お坊っちゃま学園のさらに生徒の模範となるべき生徒会役員が暴走族を率いる現状ってのは、常識的に考えてマズイと思うけどな。俺もチームに勧誘された当時は早すぎるエイプリルフールだと思ったもの。
「あ、そんなに構えなくてもいーから。俺、学生の夜遊び肯定派だし、好きにやりなさいな」
「それは……まあ、ありがとうございます?」
「いいってことよ。ここ数ヶ月の魔王様はマジメちゃんやってたから、何かあったんかねーって気になっただけだし」
「それでしたら、ご心配には及びません」
説教の心配は無用だった。
藤戸氏が教師の立場とか学園の体裁とかまどろっこしいこと気にするわけもなかった。
というか若かりしってあんたまだ三十なかったよな……。
「わかるわかる、魔王様だってたまには女の子と遊びたいもんなー。こういうのは我慢する方が健康に悪いし」
「……言っておきますけど、女性に逢うために外出したわけではありませんから」
「え、そーなん? 俺はてっきり皆で女の子漁りに夜の街に繰り出したのかと」
「行くわけないでしょう。もしそうだっら、尚更黙認しないで下さい」
「じゃあこの際訊くけど、魔王様っていつ発散してんの?」
「教師が生徒になんてこと訊くんですか」
「そもそも魔王様に性欲ある? つーか抜く?」
「あたりま」
「はいストップ。一部の生徒には魔王様のこと妖精 だと思ってるヤツもいるから。先生は生徒の夢と希望と欲望を守ります」
何だかおかしなイメージが蔓延しているが、誤解もいいとこだ。
こういう特殊な学園に身を置いているから声を大にして言えないだけで、俺だって男。
これでも女の子とのはじめてのお付き合いは小6、童貞を卒業したのは中2の一学期と、まわりより一足早かったしえろいことも下ネタも普通に嫌いじゃない。
だって健全な男子高校生ですもの。
今や処理もただの事務作業と化してきたがな……!
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