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これ以上話すのも億劫になり、会話に見切りをつけるためにマフィンをデスクの上へと叩きつけるように置いた。俺の偏った見解だと藤戸氏なら多分チョコチップだろう。
「日頃の感謝の気持ちデス」と一息に棒読みで言い切った俺を見上げ、それから菓子を見て、という動作を交互に繰り返した担任が最後に下した判断はといえば。
「…………賄賂?」
「違います」
「じゃあ罰ゲームかー」
「それも違います」
「ごめん……俺、魔王様のことは好きだけど気持ちには応えられな、あ」
腹が立ったのでマフィンをひょいと取り上げる。来て損した。
マフィンを追って慌ててチェアから立ち上がった藤戸氏は、後ろ手に隠したマフィン目当てに大きな手を俺の背中へと回し………ってうわ何するやめ!
「俺が悪かったから返して下さい」
「返しますからちょっ、待っ」
厚い胸板に顔面からぶちあたる。
俺の肩に顎を乗せてごそごそと俺の腰元を漁り回るバカ担任の拘束から逃れようと暴れても、うまく抱き込まれて身動きを封じられる。
わんこと似たような体格なのにわんこのような柔らかさが一切ない、頑強な大人の体つき。
その上この、後ろ手の体勢、想像以上にやばい。本気で動けない。不覚にも藤戸氏相手に冷や汗が背中をつたう。
覆い被さるように迫る藤戸氏の肩口へと無理やり鼻先を押し付けられ、苦手なたばこのにおいと量産の一途を辿る腕の鳥肌に頭が痛くなった。喫煙者かよ、絶対ペロキャン派だと思ってたのに。
それよりなんなんだこの男の菓子に対する執念は……!
「おっお、重いいい……!」
「やだ魔王様失礼しちゃう」
「たばこくさいんですけど!!」
「うーわ、魔王様抱き心地やばいっすね。やわっこいし冷たくてきもちーし、なんかふわふわしてる。若いっていいなー」
「っ、ヒ……!! そっそそそそのあたり触ったら本気で人呼びますよ!」
「シャンプーとかボディソープとか柔軟剤とか、いいの使ってるっしょ。年甲斐もなくドキっとしましたよもー」
「誰か! ここに! 変質者が!!」
「へっへー防音仕様ですよ。
───誰も助けになんか来ねえぜ?」
……。
「あんた乙女ゲームに手を出したでしょう」
「何故バレたし」
「失礼します。藤戸先生、学級日誌を」
ノックの数秒後、ドアが開いた。
あれれれ、この声、どこかで聴いた覚えがあるような? クラスの号令で毎日聴いているような……??
「…………お邪魔しました」
そしてひとりでに扉が閉じる。
今のは錯覚だろうか。
今、誰かがいた気がする。誰かがドアを開け、そして閉めた気がする。宇宙猫と化したあと、すぐにサッと目を逸らしたような気がしてる。
銀フレームのアンダーリムに襟足を短く結った黒髪、きっちり上まで詰まったボタン………そう、まさに学級委員長みたいな風体の……。
「A!! 今のは誤解です……!!!」
ラッピングごとマフィンを部屋の奥に放り投げ、それに気をとられた藤戸氏の拘束から瞬時に抜け出し、Aを追って部屋を飛び出した。
ひとまず藤戸氏のことは一週間くらい無視しようと思う。
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