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SHR中のクラス内は騒がしい。
立ち歩いている生徒が多く、担任がアレなので特に注意もされない。
7月にもなるとベストを着用している人間はもう数えるばかりだ。
室内は適温といっても、外はもはや真夏日。これからの季節、生徒会は原則としてネクタイ厳守なのがちょっとつらい。
「短冊、全員に回ったか」
「回りましたー!」
「今年こそは"ねがいのき"、見つけなきゃ!」
教壇に立ちSHRの進行は学級委員長のAとクラスの広報委員。
前席の生徒から回ってきた縦長の和紙を受け取る。表面に金箔が散りばめたそれは七夕お馴染み、短冊。学校行事で夏の風物詩を全面に採用するあたり、行事大好きな学園理事の計らいだろう。
笹は用意されている。すげえ立派なやつが中庭に。祭りが終わったら一体どこへ保管されるかは謎だけれど。
というか気になるワードがあったぞ、今。
「……ネガイノキ?」
「え、もしかして知らない? 《願 の木》。この学園の何処かに植えられた一本の木に短冊を飾ったり、その木の下で告白すると、木に宿った神様が願いを叶えてくれるんだって」
「初耳です」
「そっか、リオでも知らないのかあ。生徒会役員なら詳しい学園の歴史も調べられそうなのに」
右隣のAの席へと我が物顔で腰掛け俺の呟きを拾ったリウから、気になる情報。
確かに過去の学園の文献やら年間ごとの全体図やら、学園の歴史全16年分は生徒会棟一階の資料室に保管されている。
だが、《願の木》とやらの資料は見たことがない。その木なんの木。気になる木。
そういえばここ最近、立入禁止区域指定となる外の森や学園内の庭園、温室、はたまた生徒会寮を覆う針葉樹林に侵入しようと試みる生徒が最近増えていると、園陵先輩や寮長のツバキ先輩がこぼしていたっけ。
皆、その木を捜索していたのか。
「(王道)学園あるあるのジンクスですか?」
「あるあるってわけではないね。学園の特色にもよると思う。それに《願の木》はジンクスというより、分類としては一応……」
「一応?」
「ああそっか、知らなくて当然だよね。リオだし」
「え?」
「知らない方が身のためだよ。リオだし」
中途半端に言葉を濁したリウを疑問に思ってその顔を見ると………とてつもなく、嫌な予感がする表情を目撃。
これは深入りしちゃだめなやつ。
ムキになって「教えて下さい」と返したところで俺に害しかないパターン。
関わらない方がいい案件と早々に判じ、《願の木》という単語だけを頭の隅にインプットしておく。
今度資料で見かけた時のために覚えておこう。
まあでも、願いが叶う云々については眉唾ものだと思っているし、この手のジンクスはさほど信じちゃいない。
「それはともかくとして、気になる副会長様のお祭りのエスコート役は、一体どなたが勝ち取ったのでしょうか?」
ガタガタっと各地で机が揺れる。
……うん、聞き耳立てられてるような気がしたからあえて敬語を続行してました。
つーか、勝ち取るも何も。
まだ誘ってすらいないというか、相手に行く気があるかどうかも分からないというか。
横目でちらりと、悟りの境地でも開きそうな静謐とした横顔、頬杖をつき窓の外を眺める冷淡な黒を盗み見る。
「その……紘野さん」
「……、あ?」
あ、ダメだこの返答の調子。怠そう。断られる可能性割増。
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