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「紘野、七夕祭りに行……きませんよね?」
「それが何かお前に関係あるか」
「……一緒にどうかなと、思ってたんですけど」
「……」
言葉がじわじわと尻すぼみになっていく。
断られる可能性の方が高いことは重々承知していたけども、これならもっと前もって誘っておけば良かった。
テストでいっぱいいっぱいで誘う暇がなかったこともあるけれど、多分他の誰かから誘われても紘野が頷くことはなさそうだから先約はいないだろうと、わりとゆっくり構えていた。
去年は短い時間ながらも付き合ってくれたので、今年もあわよくばと思っていたんだけど。
シ……ン、と異様に静まり返る教室。
紘野も紘野で、こちらにチラリと視線を向けるくらいには不意をつかれた反応。
そんなに意外なお誘いだろうか。
でも、こんな大々的な行事、一緒に行く人限られてるし。
他の生徒から誘われはしたが、軽はずみで了承できないし。そもそも知り合い程度の仲では純粋に楽しめなさそうだし。
リウはイベント恒例の腐活動があるから関わりたくないし、祭りまで生徒会メンバーで回るのも気疲れしそうだし。
でも単独だといろいろ危ないし。
それに。
何だかんだで一番……落ち着くし。
「…………ほんとに行かない?」
ダメ元で再度問いかける。
歓迎祭でのホラーハウスと違って今は周りに生徒もいるから、小さな声で、遠慮がちに。
バッサリ「無理」と言われないだけ、まだ望みはある、気がする。
いつもの喧騒が嘘みたいに静寂が支配する教室内。
変な緊張感だけが余計に煽られる。
内容的にもっと気軽な雰囲気でいいはずなのに、何この一世一代の告白みたいな空気。
しばらく男の返事を黙して待つ。
清潔感ある長さの黒髪、その隙間から覗く黒い眼と視線を合わせ、数秒の間。
薄い唇が開かれて、しかし再び閉じられる。幾許か、自然な沈黙が場を満たしたのち、返答はこうだった。
「……また今度な」
「-は、」
意外な返しに目を剥いた。
珍しい反応だと思った。真顔で「断る」くらい言われると思ってたのに。
もしかして、自分に都合がいい解釈かもしれないけれど、単に怠いとか、面倒とかそういう理由ではなく、本当に、何か行けない事情でもあるんだろうか。
「……ひろ、」
「今度っていつですかあー!」
「夏合宿での浜辺デート全裸待機」
「夏休みにお宅訪問してそのまま同棲の可能性も」
「これは文化祭一緒に回るパティーン」
「ハロウィンパーティで愛の鬼ごっこだな」
「修学旅行de駆け落ちパーリナイ」
「聖夜祭後の朝チュン展開に期待。これぞまさしく性なる夜」
周囲の人間が息を吹き返したエネルギーに気圧されて尋ねるタイミングを完全に逃す。その間に紘野の顔は再び窓の外へ戻され、結局聞けずじまいとなってしまった。
そんな折、某SNSの通知サウンドがメッセージの受信を知らせ、意識が逸れる。
生徒会のグループチャット。送信者は会長。そこに一言。
『予定変更。仕事だ』
絶望した。
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