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意匠を凝らした色とりどりの提灯が、辺りをぼんやりと染め上げる。
日没直後の薄明の空。宵の刻。三日月よりもさらに細い、新月に近づきつつある細い月が、夜の訪れを告げていた。
そんな夜空の下で。
盛況。という言葉がぴたりと当てはまる、人の賑わい。
「ね、ねえ、あれ、まさか……」
「今の、光様と雪景色様……っ?!」
「なんであのお二人が一緒に…っ………あ、あの首飾りって確か……」
「そういうことね……。なんだぁ、ビックリしちゃった」
「お二人とも浴衣姿が素敵……」
校舎の大きさに見合う広大なグラウンド。
メイン会場とあって屋台の数も生徒の数も他のエリアより飛び抜けて多く、すれ違うたびにチラチラチラチラ視線が絶え間ない。「風紀代理」に選ばれる生徒とは本来、風紀委員による指名制だ。そして風紀の見回りは基本的にツーマンセル。
だから俺と頼が一緒でも、事情を知らない生徒は偶然持ち場が重なったんだと察して処理してくれる……はず。
はず、なんだけども。
「林檎飴ひとつ下さい」
「あ、はーい! まいど!」
「どうも。……どうぞ」
「……自分の分は自分で払います」
「奢るからいいよ」
「その言葉は綿飴と唐揚げとベビーカステラとクレープのときにも聞きました」
「遠慮しないで……俺が貢ぎたい気分なだけだから」
「……。ありがとう、ございます……」
其の一。さり気なく俺を通路の左端にやり、人並みから庇うように俺の右側を歩き、履き慣れない下駄で歩く俺の歩調にさりげなく合わせてくれる頼さん。
其の二。俺が代金を支払う前にサッと会計を済ませて当然のように奢ってくれる頼さん(ちなみに電子生徒手帳にはお財布携帯機能も内蔵されている)。
其の三。常の敬語が取り払われたことで急速に高まる親密度と甘い響きと、殊更柔らかい表情の頼さん。
………これってどう言い繕おうと、見る人によっては頼の態度って完全にその……あの、なんというか、「風紀代理」の巡回というよりただの七夕祭りデ…………………いや、これ以上はやめておこう。そこを明確にしてしまうと途端に緊張感が増すので。
しぶしぶ礼を言いながら受け止った林檎飴。チョコバナナだけは何故か有無を言わさず却下されたので、その代わりがコレだ。艶々とした鮮やかな赤が目を惹く。
さてどこから齧り付こうかと、迷った末に舌で表面をちいさく舐めていれば、こちらを見ていた頼がそろりと目線を外した。なんですか。
「欲しいなら、あなたも購入すれば良かったのに」
「え? いや、俺は別に……すでにだいぶ満足してるので」
「ならいいですけど……」
「……あの。非常に申し上げにくいのですが」
「なんでしょう」
「舐めるの、やめて貰っていいですか」
「……?? わ、わかりました」
本人が気づいてるかどうかは定かではないがさりげなくログインしてきた敬語口調に切実さが滲んでいたのでひとまず舐めるから囓るにシフトチェンジしてみた。
まあすでにたくさん奢ってもらってるので無理難題でもない限り今夜は極力頼の要望には逆らいません。基本がケチ倉さんだから、奢りでもない限り学園の物価でここまでの買い食いはできないもの。
ちなみに買い食いしてる最中にも、生徒同士の喧嘩が三件、強引な売込が二件、ぼったくりの店二軒、野外で致そうとするバカ共一組を道行く先で発見し、厳重注意を何度か行った。
いやはや、日頃の風紀の有難みが身に滲みる。
なんとか林檎飴をキレイに食べきり、またゆっくり歩いていると、道の先には人だかり。行列を作っていた生徒が俺と頼の存在に気付き、自主的に人垣が開けていった。頼と一度顔を見合せ、周りの生徒に軽く頭を下げながら中心地へ近付いていく。
「あれ、雪景色くんに…………、……ふ!? ふ、ふ、副会長さん?! え、ええっ、なん、えっ、なんで!? お二人、仲良かったですっけ!」
着いたそこは、射的コーナーだった。
真っ直ぐ連なる屋台の曲がり角、開けた場所で尋常じゃない集客力を発揮している屋台の運営者を見て、納得。
屋台ブースの中には広報委員長の伊勢さんがいた。人が集まるわけだ。
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