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これ以上は赤字になる、との伊勢さんの訴えにより、残り二発で頼が獲得したものはヒットアンドリリースすることになった。
景品棚に戻され、射的の運営事情はなんとか保たれたよう。善意でタダ券くれた伊勢さんが泣きを見る結果に。
わ、悪いのは命中率100ぱーの頼の射的の腕のせいであって、俺のせいじゃねえぞ。
「雪景色くん、何か欲しいものは? 多分獲れませんけど」
「…っはは、何でも嬉しいよ」
そして俺のターン。
本当は頼のように格好良く狙い通り一発で仕留める、なんて芸当ができれば一番なんだけど、多分無理なのでそこは正直に申し出ておく。
何でもいいよ、ではなく何でも嬉しいよ、と言ってくれる頼の言葉選びに救われます。
でもやっぱり狙うからには獲りたいな。何らかのハイッパー奇跡が起きて景品棚ごと倒れたりしないかな……と欲ばったことがいけなかったのか、結果は塩キャラメルが二箱というしょぼい景品でターンエンド。
あれ、こんなはずでは。
一箱は頼にあげて、もう一箱は信玄袋へしまう。
消沈している俺を余所に、嬉しそうに塩キャラメルを受け取った頼さんを見るとなんだか申し訳なくなってくる。クマ公(高級メーカーのプレミア品)のお返しが塩キャラメル(100円)。これはひどい。
「あっ、け、景品は邪魔になるだろうからこっちで預かっておきますよ! 後ほど郵便部がお部屋にお届けしますのでっ」
「助かります」
「めめめ滅相もござりましぇん」
それにしても伊勢さんの俺へのこの怯えようはなんだ。不自然なほどに目は合わないし俺が相手だと頑ななまでの敬語。
もしや先月のプールでの写真部の件や一昨日のストーキング新聞部の件で圧力………げ、厳重注意を行ったせいか。俺だってお宅の部の生徒たちが自重さえ覚えてくれたら何も言わねっての。
「……それじゃあお二人とも、ここの宣伝頼んます。また来てくれたらご贔屓しますよー」
「あなたはお祭り、回らないのですか?」
「…ひぇっ、俺? いいいーっすいーっす、俺っちは雰囲気を楽しめたらじゅーぶんなんで!」
どうやら彼は今夜は終始、店の運営に従事する予定らしい。
三年生は最後の七夕祭りなのに、と思いはしたが、朗らかに笑う様子を見るに、本人が望んで選んだのだろう。余計な口出しはすまい。
「お気遣いどもども。雪景色くんに副会長さん、集客にご協力下さりありがとーございました!」
「「………」」
ここに来たときと比較して格段にギャラリーが増えていることに気付き、クマ公を伊勢さんに預け、そそくさと射的ブースから離れる。
頼と一緒にいるとこ、けっこうな人数に見られたな……。
まあでも多分、伊勢さんにさえ「風紀代理」のことをきちんと説明しておけば、悪い方向で噂になることはないだろう。情報発信力という側面では、伊勢さんは味方につけると非常に利が大きいのだ。
射的ブースから離れ、また屋台を回る。
クマ公のお礼にお好み焼きを頼に献上してみた。しかし三秒後にはたこ焼きが返って来た。お礼させる気がまるでない。あ、チーズ入り鰹節特盛りねぎ追加でお願いします。
ひとまず人混みから外れたテラス席に移動しようと足を進めていれば、前方に見知った顔を発見。
「……あ」
「あ」
「今晩は、玖珂くん」
一昨日ぶりの玖珂くんでした。
数メートル先、目が合ったのでぺこりと頭を下げると、またも武士のようにピシッとした礼が返ってくる。
玖珂くんの格好は特殊で、黒と臙脂を基調とした半々羽織と、その下には胸元がざっくり開いた袖無しの襦袢と黒いズボンを履いていた。吹奏楽部の祭り衣装なのだろう。
胸に巻いたサラシや右袖を外したことで見える片肌。これぞ祭りって感じで、素直にかっこいいと思う。玖珂くんが純和風な塩顔男子だから和装もよく似合っている。
それにしてもまあご立派な上腕二頭筋をお持ちで……。
「……………俺のがもっと凄いです」
そして頼さんはなんでそこで対抗心を燃やすかな。拗ねるな。そもそも人の視線の先と嫉妬心を勝手に察するな。
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