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 しかし唐突に、ぐっと肩を引き寄せられて目を見張る。続けざま、パシャ、と液体が地面に撒き散らされる音が、すぐ足元から。 「───今、何をしようとした?」  俺の肩を抱き寄せた反対の手で、擦れ違いざま俺と肩がぶつかりそうになった生徒Gの襟首をひっ掴んだ頼さん。ど、どこからそんなひっくい声出したんですか頼さん。  周りのざわめきなどまるで気にも止めていない頼は、生徒Gを冷めた目で見下ろしている。ともかく手元のたこ焼きが無事で良かったと胸を撫で下ろした矢先、地面に広がる液体を見て思わず眉根を寄せた。  頼に掴まれた反動で生徒Gが取り落としたシャボン玉液の容器と、零れるその中身。どうやらこれを俺に引っかけようとしてたらしい。  あ、あっぶねええ……。  通行の邪魔にならないようにと屋台の通りから外れ、生徒Gの顔を今一度まじまじと確認してみたものの、残念ながら見覚えがない。恨みを買った覚えもない。  しかしこれは明らかに悪意を持った俺への攻撃だ。後で調べておかねば。  ひとまずこれは頼に感謝したい。  したいところだが、待って頼さん、Gが本気で苦しそう。 「ごめん、ちょうど会場(ここ)も一周したところだし、このあたりで別行動にしよう」 「………あ、あの」 「それにしても物騒な……アクシデントでも狙ったのか、祭の高揚に浮かされた人間が増えてるんだろう。早急に取り締まらないわけにはいかない。……「風紀代理」、として、ね」 「その人もう意識オちそうなんですけど……」 「校舎裏でいいか………あ、その」  「風紀代理」の権限を口実にずっとGを絞め上げていた頼の手が緩んだことにそっと安堵しつつ、ちょっと言い淀んだ頼をどうしたのかと見上げる。困り顔のような、照れ顔のような、何とも形容しがたい表情を浮かべていた。  その顔のまま、声がひそめられる。頼の外面が外れる合図。俺が知ってる頼の声。 「巡視という名目だろうと、今日はあなたの隣を堂々と歩くことができて楽しかったです。………ただ、これ以上を望むと、欲張りになりそうなので」 「……」 「何かあれば連絡を。すぐに駆け付ける」 「っ……雪景色(ましろ)、くん、」 「あー……貴方になら基本的に何と呼ばれても、嬉しいことに変わりはないんですけど……次は、いつも通り下の名前で呼んでくださると嬉しいです。リオ様」  そう言い残し、生徒Gを引き摺ってどこかへと消える頼の後ろ姿を見送った後、小さく息を吐いた。前髪をかき揚げた手のひらに、顔の熱がじんわりと移る。  祭りの雰囲気にあてられた火照りとは違う。  俺が頼を下の名前で呼ぶのは、周囲に他人がいないと確信できる場合のみ。  暗に……次の逢瀬は二人きりがいいと、言われたも同然だった。多分。深読みでなければ。  なんでこう、あいつの言動にはいつもいつも恥じらいや口下手要素がないのだろう。  言われた俺は後からこうして恥ずかしくなるのに、言った本人はさほど照れもしてないのもずるいと思う。  ずるいと思うし、困る。  俺の親衛隊なのに、手に負えない。まったく、とんだ親衛隊隊長サマだ。 *

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