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「……どのくらい前、ですか?」
『わから、ない。八雲からさっき、連絡きた。居場所、突き止めるまで、各自ルート、捜して、って、八雲が』
「了解しました。……また連絡します」
通話を切った。
呼吸がうまく整わない。生徒たちの笑い声や祭囃子が遠退いていく。
捜すったって、どこを。どうやって。
人間を捜し出すことすら難しいこの人混みのなかで、小さな子猫を一匹だなんて。
この喧騒じゃ子猫の鳴き声なんて聴こえない。真っ昼間と比べて、祭り会場を外れてしまえば視界は悪い。学園内には人口だが森もある。湖もある。何より様々な思惑を持った人間がいる。
もしも、今、ノアが、危険な目に遇っていたとしたら───……!
「副会長殿……? ふく………副会長殿! 聴こえておるか」
「っ!」
思考がどんどん悪い方向に進む俺を我に返らせたのは、力強く肩を揺する手と、二葉先輩の明瞭な呼び掛けだった。
不安を隠せない顔のまま、自分より少し高い目線にいる二葉先輩を見上げる。
背中には嫌な汗が流れ、鼓動も早い。呼吸も浅い。
「内容はおよそ見当はつくが……横峰 は、何と?」
「ノ、アが……"生徒会宣伝係"が、脱走したと」
「それで? 捜索の人数は足りておるのか?」
「お気遣い、ありがとうございます。……必要があれば連絡します」
「承知した」
ノアを生徒会寮で飼い始めたのは、言わば、生徒会による独断。
その結果招いた脱走は生徒会側の失態だ。自分たちの手で収束させなければ。
『6委員会』の立場でありながらこちらの判断を仰いでくれる二葉先輩に感謝を述べてから、目を皿にして付近を捜す。
ひとまず、目指す先は二葉先輩がノアを見かけたという金魚すくいがある屋台通りへ。
他の役員にも連絡が回っているだろうし、守衛さんがノアの居場所を特定するまで連絡を待つしか手立てがないなら、まずは自分が任されたことをしよう。
まずは、ここのエリアをを隈無く捜すほかない。
こんな広い敷地でどうやって小さな猫を捜し出せるのか疑問はあるが、「突き止める」と言うからには何らかの確信や手段があるはず。一縷の希望を信じて。
(ノアを飼い始めて一ヶ月と少し)
(随分馴染んできたと思っていたのに……どうして今頃、脱走だなんて……)
自分でも可愛がっていた自覚があるだけに、思いの外ショックが大きい。
この一ヶ月のあいだ、ノアは基本的に、ずっと生徒会寮の談話室の中にいた。寮に帰れば毎日必ずといっていいほど役員の誰かがノアを構いに行くけれど、いつだって談話室で大人しくお留守番していたし、少なくとも俺が見る限りでは、外界に出たがっている様子もなかった。
上等な餌もオモチャも与えて、寝るも遊ぶも好きなようにさせて。何不自由なく過ごしているものだと、勝手に。
───けれどそれが、思い違いだったら?
人間 の勝手なエゴの押し付けだったとしたら……?
野良猫として発見されたノアにとって、もしも、この一ヶ月の生活にこそ窮屈を覚えていたとするならば。
ノアにとって、本当に不自由なのは。
《ブーッ、ブーッ》
「……っ、もしもし!」
『支倉くん、今大丈夫……?!』
「はいっ」
コール音が鳴った直後、振動を感じた指先が迷わず通話ボタンをタップした。待ち望んだ守衛さんからの連絡だ。
落ち着け。後ろ向きになるな。
ノアにとっての幸せが野良に戻って自由に生きることだったとしても、ノアを生徒会で保護すると決めた時点で、途中で放棄する選択肢なんて無い。
猫の気持ちが解るわけでもあるまいし、勝手に想像を巡らせて、何に臆している。
『本当に、ごめんね。完全に俺の不注意だった』
「いいえ、それよりも、ノアは」
『安心して。場所はもう分かってるし、恐らく、すでに安全な場所で保護されているから』
「えっ、、あ、……そう……ですか……」
見つかったことは間違いなく朗報なんだけど、あまりにも早すぎやしないだろうか……。
こうなると守衛さんがノア自身にGPSの類いを持たせている可能性が濃厚だ。例えば守衛さん自作の首輪とか首輪とか首輪あたりに。
こういう不測の事態を考慮すれば、当然の処置とも言えるけれど。
今はそんなことどうだっていい。迷子を、迎えに行かなければ。
『ノアが今、居るのは───』
人混みの中で耳を澄ませる。
ノアが今居るであろう意外な安全地帯に目を見開いたのと同じタイミングで、擦れ違った生徒のクリアな会話が、勝手に入り込んできた。
「こんなに盛大に誕生日を祝ってもいいのかなあ……」
「えぇ、今更じゃない?」
「でも申し訳ないというか、不謹慎な気はするよね」
そして次の言葉の意味を理解した瞬間、俺の意識は、根刮ぎそちらに奪われてしまう。
「───だって今日は、アル様の御母様がお亡くなりになられた日でもあるでしょう?」
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