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ドォン、という一発の開花音。
目を眇めるほどに眩い光源と、質量を持った大きな大きな重低音と、空気を伝って肌へと触れる振動と。
自動ドアが開くと同時に、風紀委員室に入ってすぐのロビー・正面・扇状の大きな出窓から見えた打ち上げ花火。
まさに絶好の穴場と言える場所で、奥行きのある出窓のスペースに腰掛ける男が、花火を背に、出迎えるようにそこに座っていた。
金糸の髪が光を受けて、きらきらと透き通って見える。
「………志紀本、先輩」
走りきった疲労からか、花火の迫力に気圧されたのか、それとも目を合わせた相手の空気に呑まれたのか。
呼び掛ける自分の声は思った以上に小さかった。
そんな俺の様子に何を言うでもなく、何故か無言で、先輩はこちらをじっと見据えている。逆光のせいで、表情がよく見えない。
沈黙に耐えきれなくなって、再び声を掛けようと口を開きかけたところで、先輩の目が俺の足下へと向けられていることに気付く。
「支倉……その足、どうした」
「え………あ?」
言われるがまま足元を見下ろすと、剥き出しになった素足にたった今気づいて目を剥いた。自覚した途端、思い出したかのように足裏がじんじんと痛みを訴え出す。
履いてた下駄は……どう、したっけ。
走ってた最中に鼻緒が切れた覚えは微かにある。校内は土足厳禁だからもう裸足でいいだろうと雑な判断をして、下駄はどこかに置いてきた、と、思う。曖昧だ。後で捜索願いを出さないと。
でも、とりあえず今は、後回しだ。ここに来た目的を果たす方が、先。
「……用件は猫の迎えだろう?」
「そう、ですけど」
「心配せずとも丁重に保護している。それよりお前だ。怪我は、」
「先輩」
「……なんだ?」
守衛さんの情報通りノアがここにいると確証を得たことへの安心で胸を撫で下ろす一方で、呼び掛ける自分の声は耳を疑うほど硬い。
今、勢い任せに駆けつけた今だからこそ、先に言っておくべきことがある。そうしなければ、お世辞にも素直とは言いがたい自分の性格上、先延ばしにすればするほど今日のことを有耶無耶にしてしまいそうだから。
「先ほど、……”誕生日だからって、羽目を外すな"と、言ったこと。撤回させて、ほしくて」
「……」
ドン、ドドン、と次第に間隔を狭める花火の音に負けじと、相手に正確に届くようにと、声をちょっと張る。
俺がわざわざ謝りに来たことなど完全に予想外だったようで、先輩の反応ときたら理解不可能といった表情。日頃の自分がいかに目上を敬わない人間だと思われているのかがわかるリアクションだった。
「もしかして、聞いたのか?」
合点がいった、とばかりの声はいつもと変わらない。
平常通り、平淡で、世間話と同じ温度。
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