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落ち着きばらった志紀本先輩の様子から察するに、先輩のお袋さんが亡くなったのはここ最近の話ではないのかもしれない。俺の発言なんて、実際は気にも止めていなかったかもしれない。
今ここで謝罪したところで、俺個人の単なる自己満足でしかない。───だとしても。
「聞きました。……事情もよく知らないくせに、場にそぐわない発言をしました。すみません」
「謝らなくていい。別に気にしていない」
「そうだとしても、謝罪の有無は別問題です」
「お前がそこまで畏まるほどのことでもない。わりと周囲にも知られているし、そう珍しい家庭事情でもないだろう」
「そう……ですか」
事情を知った手前、今このタイミングを逃せば後味の悪さだけが残るだろうし、例え相手が気にしていないからといって何事も無かったように振る舞えるほど図太い性格でもない。
だからわりと勇気を振り絞って謝罪したはいいものの……なんだか却って気を遣われてるような気がする。
先輩があっさりしている以上、ここはあまり食い下がらない方が良い……の、だろう。きっと。必要以上に詮索するつもりは毛頭ないし、逆に相手に気を遣わせていては意味がない。
「もしかして、俺が黄昏ているとでも思って? お前は一丁前に俺の心配でもしていたわけか」
「………っは?! いや、別に違いますし! もういいです、ノア連れて帰ります!」
小馬鹿にされた気がして反射的に言い返す俺にもくつくつと笑うばかりの先輩の態度にすっかり気が抜けて、同時に肩からも力が抜けた。
ただの俺の徒労に終わるなら、もう、それで構わない。元より自己満足だ。
心配して損した、それでじゅうぶん。
なんだかさっきから俺だけがから回って、テンパってばかりだ。
これ以上の醜態をさらす前に、早急にノアを引き取って、お暇することとしよう。
先輩からフイッと顔を背け、辺りを見渡してノアを捜した。しかし見当たらない。どこかで寝ているのか、はたまた花火の音にびっくりしてどこかに隠れているのかも。生徒会棟ほどではないが、風紀委員室も広い。
(……───ああ、そういえば。)
自らの足で、業務に関与しない用事で自主的に風紀委員室 を訪ねたのは、それこそ一体いつぶりだろう。
ここには長居できない。こんな、土足の状態で、汚 してはならない。
「先輩、ノアはどこに?」
「……」
「……先輩?」
一向に来ない応答に首を傾げる。はて。
無視?
もしくは花火で聴こえてない?
そんな疑問を抱きつつ、再び先輩へと目を向けた。
先ほどまでの様子とは打って変わり、窓台に後ろ手をついた姿勢のまま俯き加減に下がった顔。前髪は影となり、呼び掛けにも無反応。ここから見えるのは、静かに閉じられた口許だけ。
「……お前がここまで走って来た理由に、ソレは、何割含まれている?」
その呟きは、花火の音に紛れた。相手が何事かを呟いたことは唇の動きで認識できたけれど、内容までは耳に届かなくて。
再度呼び掛ける前に顔を上げた先輩は、どこか試すような眼差しで俺を真っ直ぐ見据えていた。
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