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「楽しいか?」と、先輩に尋ねられたのは、実を言うとこれが二度目だ。
一度目は去年のある日。今とは状況も心境もまるっきり違う、入学して少しの頃に、投げかけられた問いだった。
あの頃、俺は頑なで、警戒心の固まりだった。差し伸べられる手を罠だ偽善だと疑い、自分の殻に閉じ籠って。この人には何度か食ってかかったことすらあった。
こんな場所、楽しいわけがない。聞かなくてもわかるだろう、と。
「……まさか。毎日毎日忙し過ぎて、ろくに楽しむ時間もありませんよ」
一度目を伏せてから、思い出すように笑う。まだ一年しか経っていないのに、あの頃がなんだか懐かしい。
今でこそ目まぐるしい日常をどうにか渡り歩いているけれど、あの頃は日々が鬱々として、そんな問いかけすら鬱陶しくてたまらなかった。苦手で苦手でしょうがなかった。俺に干渉してこようとする、人間 のことが。
「先輩は、たのしいですか」
「……俺?」
ふと気になって問い返す。
今年度の4月までは着実に下降傾向だった問題件数も、王道が来たことによって跳ね上がった。親衛隊の問題行動は定期的に続き、王道信者同士の牽制や喧嘩も日常的。その皺寄せが向かう先にはいつも風紀委員会。
この人の目に、今の学園はどう映っていることだろう。
「……まあ、楽しいと言えば、楽しい。初等部から通っていればさすがに愛着も沸く」
「生徒たちが荒れていても、ですか」
「確かに問題を抱えた生徒ばかりが集まる場所ではあるが、風紀として、生徒を第一に考慮する程度には情もある」
「そう……」
「お前みたいな弄り倒しがいのある生徒も居るしな」
「弄り倒してる自覚はあったんですね……」
「だから、ここで過ごす時間は嫌いではないし、誰にも壊させやしない」
だから、王道のことを、邪険に扱うのだろうか……? 学園に染まらず、反発し、他の生徒を巻き込みかねない"危険因子"だからこそ、忌避するのだろうか。
まあ、本心はわからないけれど。
学園内の問題を速やかに処理してくれる風紀の要の存在は、本当に本当に心強くて頼りになる。それに限らなくったって、新歓の準備の時も。理事長との問答の時も。日頃の業務でも。
生徒会入りを果たして尚、度々気を配ってもらっている。
世話に、なっている。
挙げたらきりがないほどに。
「……今夜のお祭りは、楽しめました?」
「、悪い。花火の音で聞き取れなかった。もう一回」
「今日で一歳老けたんですよね」
「なんだそんなに弄り倒されたかったのか」
腰を浮かせかけた先輩に待ったをかけるつもりで、一歩窓際へ歩み寄る。
次第に間隔を狭めていく花火と共に鼓動も早まる。
薄く唇を開いた。
適切な言葉は見つからないけれど、言い損ねた言葉ならある。
「…………誕生、日、」
声が震えたことは、どうか見逃して欲しい。
改まった祝福はどうにも気恥ずかしさを拭えなくて、ぎこちなく空気を震わせた。
「……おめでとう、ございます」
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