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 部屋の中央に鎮座するのはキングサイズのベッドがひとつ。その中心へと、ゆっくり、眠りこける後輩を横たえた。  身動ぎし、軽く眉を寄せる後輩。さすがに起きたかと思って身体を離すも、驚いたことに、寝返りを打ってさらに深く眠りこんでしまった。どうやら一度寝入ると梃子でも起きない人種らしい。  ベッドサイドのチェアへと浅く腰掛けた彼は、手持ちぶさたに後輩の髪へと手を伸ばした。健やかな眠りを妨げることなく、乱れた髪が整えられる。その指先はひどく優しい。  そんな静かな時間を壊すように、後輩が持っていた袋の中から微弱な振動。着信。今現在、たった二人の人間以外には誰の立ち入りも許されない空間に、水を差すような携帯のコール。  一旦身動きを止めた彼だが、長らくその呼び出しには無視を決め込んだ。ただひたすら無視をした。  しかしさすがに何度も掛かってくるとなれば彼も諦めたようで、恐らく緊急の用事だろうと予測を立てながら、携帯の持ち主の肩を軽く揺すって声をかけた。 「おい、支倉………電話」 「ん、んン……、」  呼び掛ける囁き声は低く掠れ、部屋に落ちる。言動、もしくは佇んでいるだけで人の目を惹く彼から発せられる言の葉は、夜に紛れるとより一層、色艶を増す。  それに呼応する声も、呻きか寝言かどちらにせよ、普段の流暢な言語機能はなりを潜め、むずがる様が何処か幼い。  声ひとつ、やりとりひとつで心なしか閨のような空間を作り上げた二人にしかしながら自覚はなく、今尚コールは続く。 「三秒以内に起きろ。さもなければ俺が代わりに出る」 「ん………、出、て……」  一拍、止まった。  今のは───本来の口調の方だ。  どうやらこの後輩、他人の枕で正々堂々と寝ぼけているらしい。  先ほどの猫相手ならいざ知らず、己に向けられた素の状態は随分と久しく聴いていなかった。  彼に対して常にハリネズミのような防御網を張る普段の性格からはかけ離れ、それはあまりにも無警戒で、無防備で。 『一応感謝はしてますよ。あんたは俺の、恩人ですし……多分』 『恩というほどのことでもない。ただの仕事で、ただの義務だ』 『…──けっこう、冷めてるんですね。風紀の人って』  記憶の端に過ぎったのは、去年の、とある放課後のこと。この後輩と最初にコンタクトを取ったあの日の、何気ない応酬。  

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