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 この後輩が本来、普段の敬語とはかけ離れた言葉遣いを用いることは、去年の段階ですでに知っている。生徒の前で浮かべる柔和な笑みが、学園の非常識から己の身を守るための飾りだということも、知っている。  彼はそれを白日のもとに晒したいのではない。すでに知っている自分までその偽りを向ける対象に組み込まれていることが、気に食わないだけで。  生徒会───『神宮の庇護下』に入って以降変貌した自分への態度が、気に入らないだけで。  しかしこれを、学園ならではの恋愛感情と捉えるほど、彼の思考回路は単純化されてはいない。  所詮は一過性の所有欲。  権力者に有りがちな傲慢。  けれど、本当にそれだけか、と問われたら───またそれも、単純な解答では言い表しようもないのだ。 『───、りおっ! やっと……出た…』 「横峰か」 『……、…その声………なつめ?』  破られた三秒ルールに従い、彼は代わって着信に応えることにした。電話口の先は生徒会書記。電話の持ち主が電話に出なかったことで、書記は困惑気味に彼の名を呼ぶ。 『どして、……なつめ、りおの、けーたい……』 「拾っただけだ」 『りおの、けーたいを?』 「……」 『それとも、……りお、を?』  拾ったと言えば、拾ったとも言える。  正しくは、本人が、彼の領域に自ら飛び込む形で、拾われに来た(・・・・・・)のだが。  ベッドの上、話題の中心人物へ目を向ける。「隣で寝ている」と一言事実を明かせばどうなることか。ある種の既成事実を作ることさえこの状況では可能だと気づいて、どうにも可笑しく思えた。  花火が上がる度に赤や青へ染まる寝顔をじっと見つめたあと、乱れた濃紅の着衣を整えてやり、寝苦しくないようにと腰の下に手を差し込み、するりと藤色帯を抜き取って、ついでに腰紐も緩める。  まるで愛撫にも似た、繊細な手つきで。 「ん、……っ、ンぅ……」 「……」  擽ったいのか、はたまた別の理由か、腰回りに触れる指先が動くたび、眠りの中にも関わらずピクンと小さく反応を示し、無意識に逃げを打つ身体。いっそ上から抑えつけてもっと追い詰めてやりたいという、そんな加虐は極力抑え込んで。  後輩の身体にケットを掛けた彼はベッドサイドから離れると、窓際のスツールへと腰を落ち着ける。  さて、ここまでの意味深な沈黙と、さらには濡れ事を思わせるような先ほどの艶声は、感覚の鋭い生徒会書記の耳にどう届いただろうか。 「どっちだと思う」 『……』 「どちらの返答なら、お前は納得する?」  一秒。二秒。  思考を巡らせた生徒会書記は、珍しくも固い声を音に乗せる。 『………返して』  ───返すも何も。  その言葉を、彼は飲み込んだ。  言ってもどうしようもないことだと思い。伝えても意味のないことだと思い。  

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