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 先輩の腹のあたり(腹筋……!)に両手をついて先輩を抑えながら、ゆっくりと上体を起こす。そんな俺に何を思ったのか、見上げる目の彩は大変愉しそう。悪魔め。 「猫の真似か」 「違 い ま す」  警戒しながらベッドの下方、安全圏へと無事に到着。朝から心臓に悪すぎ。  それはさておき、本物の猫はどこ行った?  ” にゃあぅ “ 「……」  “ にぃにぃ、みぅぅう ”  シーツが独りでにもこもこ動いてる。  見つけたわ。あそこだわ。  恐らくシーツの迷路から脱出できずにいるのだろう。さっきから鳴き声が絶えない。助けを呼んでるのかも、という解釈に至り、シーツへと手をかけた。  ” にあ! “  ぽこん、とシーツの隙間から頭だけを、さながらモグラ叩きのモグラのように飛び出してきたのは予想通り子猫である。  俺の手にお行儀良く白い前脚を乗せて可愛らしく鳴いた。しかしシーツ遊びが意外に気に入ったのか、また元来た迷路に帰ろうとする。行かせねえよ。  ノアをシーツから引っこ抜き、腕に抱えれば、何が楽しいのかご機嫌そうに胸元へと擦り寄ってくる。くっ、かわいい……。 「ふ、」  ” にゃふ、 ”  ぱふ、という音と共に、唐突に視界が白で染まった。  頭からノアごとひっ掛けられた絹のような手触りの布。手探りで取っ払いよく見ると、制服の半袖ブラウスだった。大きい。  うわ、柔軟剤何使ってんだろ。やらけえし香りも好き。そしてスラックスも同じように放られたので反射で受け取る。 「さすがにその格好は目立つ。とりあえずはソレで我慢しろ」 「え……? は、はい」  そう言って、備え付けのシャワールームらしき扉の中に消えた先輩の後ろ姿を見送った後、その格好、と指摘された自分の姿を見下ろして思わず顔を(ノアで)覆った。  昨日から着たまま盛大に寝乱れた浴衣姿。視覚情報があまりにも見るに耐えず、慌てて着衣を整える。はだけた袷を整えて、内腿が半分以上見えるところまで捲れ上がった裾を正して。  あれ、帯はどこに。  腰紐も、何故こんなに緩いのか。  その疑問を解消する前に、シャワールームを整えていたらしい志紀本先輩が再び部屋へ戻ってきた。 「着替えはここを使え」 「あ、はい」 「それから。寮に帰るときはできるだけ人目は避けろ」 「は」 「朝帰りだと誤解されてもいいなら、別に構いはしないが」  構う。構う構う。  ちゃんと遠回りして帰らせていただきます。  すたこらさっさとシャワールームに入り、手早く浴衣と襦袢を脱ぎ落とす。  時計を確認したところ、時刻は午前7時を回る。習慣より遅い起床はこのテスト期間で疲労が蓄積した証拠だろうか。  つまり昨日はあの後寝オチしたのか。マジないわ俺。  幸いなことに、今日から四日間はテスト期間の休日返上分と今週の土日を合わせた振り替え休日だ。  久々の大型連休。1日目の今日はたっぷりの休養に充てる予定である。  自室に帰ったらシャワー浴びてお布団かぶって午前中いっぱい寝よ。テスト期間中に追加された仕事や七夕祭りの事後処理などがたんまり残っているだろうけど、ひとまず今日は疲労回復に費やしたってバチは当たらないはずだ。  休日モードに頭を切り替え、自分のより大きめのブラウスを羽織って、ボタンを留めて、スラックスに足を通して。  白く磨き上げられた豪華な洗面台の上で大人しく人の着替えを見上げるノアの鳴く声をBGMに、フロントホックに指を掛け…………あ? 「…………先輩、」 「? どうし……、…」  そろりと部屋に戻り、ベッドに腰掛けていた先輩の背中へおずおず声を掛ける。こちらを振り返って以降、途切れた声が居たたまれない。固まった視線が痛い。 「……その」 「……」 「ベルトを、ですね…」 「………、…、」 「貸して、いただけると……さっきから笑わないでください……」 「ッは、悪い……、…ふ」  肩を揺らして笑いを耐える先輩を力なく咎めながらも、有り余る裾部分が床と擦れないようスラックスをずり上げる。  腰のゆとりにも差はあれど、特に股下の丈がひどい。この180センチ後半の脚長族め、ド畜生。毎日牛乳を飲めば今からでも間に合いますでしょうか。  クスクスと、指を口許に添えて忍び笑う所作にいちいち品があっていっそ腹が立つ。 「そう拗ねるな。ほら、これ使え」 「っ、わ」  しばらくチェストボックスを漁っていたと思えば、そこから取り出されたどこぞのブランドのベルトを投げて寄越される。  ちょ、雑に扱うな。そのベルト一本に諭吉さんが何人宿っていらっしゃると思ってんですか。  スラックスを片手で押さえつつ、もう一方の手で華麗にキャッチ。まるで賞賛するかのようにノアがにゃあと鳴いた。

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