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 俺がノアを抱えてる時点で、昨夜俺が風紀委員室に向かったことはわかっているだろう。志紀本先輩がノアを保護してくれたことも、その他役員を含め予想の範疇だとして。  どうしてこうも重苦しい空気になる?  他の連中はともかく、タツキは風紀とも比較的良好な関係のはずだが。 「何もありませんよ」 「……んと、に?」 「本当に」 「……、りおは」 「はい」 「生徒、会、に、………て……その、………ぃは」  単語会話にさらに歯切れの悪さが加わり、解読不可能の領域に達する。  悪いがエスパー的な特殊スキルはないし、この言い辛そうな雰囲気から察するに下手なことは言わぬ方がいいかと、敢えて口を閉ざした。  それはそうと頭すりすりするのやめて欲しい。ほら見ろノアが真似したそうに鳥かご越しにすりすりし出したろ。  犬科と猫科からの戯れをどう躱すべきか頭を巡らせていれば、タイミングよく談話室への来訪者が一人。守衛さんかと思いきや。 「へーえ。横峰んとこの坊主にもついに発情期が来たのかァ?」 「…………つなぎ、」 「それとも、その年にもなって子供返りかい」 「……るさい」  養護教諭の方でした。  会長と旧知となれば養護教諭とも付き合いは古いのだろう、刺々しくはあるがタツキの受け答えはしっかりしている。  タツキにノアを預け、その隙にそっと離れる。養護教諭は見慣れた白衣ではなく私服姿だった。何気ない立ち姿なのに雑誌の一枚と比べても遜色ない長身美形。羨ましいこって。  俺の全身を一通り見た後、養護教諭は意味深に笑った。ぞっと背中に悪寒が走った。 「で、副かいちょォは朝帰りと。見かけによらず大胆なことで」 「、っあ………朝帰りといえばそうですけど……誤解です……」 「ふうん? 服を着替えるようなコトしたくせに?」  浴衣と襦袢を入れたショッパーを咄嗟に背後に隠した。しかし養護教諭がクイッと自身のブラウスの襟を引っ張って示す仕草から、そういえば今俺が着ているのは一回り大きな先輩の制服だったことを思い出す。  これは、早く着替えなければ。この格好でうろちょろするのは不味い。すでにタツキの視線が痛い。  まさか、タツキの言う「昨日なにかあった?」って、そういう疑惑……? 俺と先輩が? ないないないない。先輩が俺にそういう気を起こすわけがない。 「き、着替えたのは朝方ですから!」 「へェ、着衣のままか。いい趣味してンなぁ」 「そうではなくてですね……!」 「まァ照れんなよ。一夜の過ちなんて若けりゃよくある話じゃねェか。まさに後の祭りってやつ」 「だから違いますって……っ」 「否定すればするほど怪しいってな。なァそれより、アンタに頼み事があんだケド」 「え、頼み……?」  この会話運びの末に頼みゴト。  言うこと聞かなきゃ吹聴するぞ、といった脅し……ではないよな? 「そォ警戒するなって。せっかくの四連休だし、これから奏を外部の医療機関に連れてこうと思ってな。その間、保健室の留守をアンタに頼みてェんだ」 「会長を……? もしや、持病でも…?」 「心配せずともあのガキは百回殺しても死なねェくらいの健康体だよ。定期検診みてェなものだと考えて貰っていい。ついでに腕の包帯も取って来らァ」 「定期、検診」 「そうそう……まァ、大事な跡継ぎサマだし? 万が一があってからじゃ困るんでな」  ああ、納得。  学園には大型スーパー内に歯科や整骨院といったこまめな通院を必要とするためのクリニックはあれど、総合病院のような大規模の医療施設は近くにない。  将来有望株が揃う生徒たちにとっては体調管理も重要。  それに、腕の包帯については俺としても一刻も早く外れてほしいところだし、養護教諭にはここ最近世話になっている。留守番くらいならお安いご用だ。  

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