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 ノアを引き渡したあと、双子やマツリが階下に降りてくる前にと、そそくさと自室の5階へ昇った。  エレベーターを降りて少し進んだ先、玄関横には包装された宛先のない大きな届け物。ブラウンのラッピングに白いリボンがかかっている。おおまかな大きさ・かたちからして昨日頼が射的で仕留めたクマ公だ。ノアの玩具になる前に厳重に保管せねば。  複数のキーロックと暗証番号を解除し、荷物を置いて、まず一番にバスルームに向かった。昨日浴衣に着替える前にシャワーを浴びたとはいえ、走り回って汗も掻いたし、足なんて土埃や擦り傷ですっかり汚れてしまっている。  ……下手をすると、風紀委員室に向かうまでの道のりに俺の足跡が残ってはいないだろうか。そうだとしたら恥ずかしすぎる。小学生かよ。  今日が休みでよかった。保健室にいくまでにそのあたりのルートも確認しよう。さらに下駄の行方もだ。鼻緒が切れたとはいえ、せっかく園陵先輩に選んで貰ったものだしちゃんと綺麗にして返したい。  バスタブに湯を貼るあいだに服を脱ぎ落とし、髪や身体を清める。  さっぱりした身体を湯のなかに沈めた。足を伸ばし、頚の付け根まで浴槽に沈む。 「ふーー………」  大きな窓から降り注ぐ陽の光。  夜も夜で天気がいい日は星空を眺めながらバスタイムを満喫できるのだけれど、午前中の入浴もそれはそれで良い。  しばらくゆったり寛いで、風呂から出る頃には9時を回っていた。養護教諭たちは10時に外出すると言っていたし、あまりのんびりもしていられない。  タオルで水気を取り、髪をかわかし、歯も磨く。これにてリセット完了。さて、今日も頑張らねば。  行き先は校舎なので制服に着替えてから、荷物の整理に取りかかった。  信玄袋を片手に、階段をのぼり(生徒会寮は全室メゾネットタイプである)、今度は大きく切り取られた窓が特徴の書斎に入る。  両方向の壁には等間隔で本棚が並ぶ。本の虫とまではいかないが、読書は嫌いでもない。図書室みたいな堅苦しい空間は苦手だから進んで通いはしないけど。  窓際に鎮座するマホガニーのデスクへ辿り着き、まずは鍵付きの引き出しに祭りで買ったものと志紀本先輩に貰った短冊をしまいこんだ。  購入品の中には衝動買いした二連セット売りの光るブレスレット。今度会ったら紘野くんには嫌がらせで片方(ピンク)を押し付けてやるかね。すごく嫌な顔されそう。  自分用の短冊にはせっかくなので宣言通りノアの幸福な学園生活計画を祈って、手近の観葉植物に吊してみる。  他力本願の願い事ではなく達成すべき目標なので、わざわざ笹に提げる必要はない。  短冊に願掛けなんて何年ぶりだろう。童心に返った気分。  それから浴衣一式、そして志紀本先輩に借りた制服はクリーニングに出すため袋にまとめた。  浴衣はいつまでに返せばいいかな。気になって、園陵先輩に連絡してみたところ。 『差し上げます』 「え……でも、お高いんでしょう? そういうわけには」 『構いません。どうか、遠慮なさらないで下さい』 「……しかしお恥ずかしながら、昨日下駄を……まあ、無くしてしまって。もし見つからなければ弁償をですね…」 『いえいえ、代金は宜しいのですよ。貴方様に贈った時点ですでに貴方様のものですから』 「すみません……では代わりに何か……!」 『お返しは不要です。お気持ちだけでじゅうぶん、嬉しいので』  なんたる慈悲深さ……視界がセルフエコノミー。あと1億回は謝りたいところだけれどしつこい男は嫌われるって母さんが言ってた。なのでそこは自重。  しかしあの浴衣は今後着るとしても来年までだろうから、いずれは紗世に譲ることになるだろう。それまで大事に大事に保管しよう。  

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