391 / 442

12

 きっちり、10本。  佐々部さんに打ち負かされた王道は、上下関係を身体に叩き込まれたのか、指示通り大人しく校庭へ向かった。  その背中を見送る部員の目に若干変化の兆しがあった理由は考えるまでもない。それだけこの部が純粋な強さを求めている証拠だ。  頃合いを見計らい、武道館を出る。  校庭近くの水道で豪快に顔を洗う王道を発見。 「ちックショ、なんでオレが……」  水滴が長い前髪を伝う。  防戦一方だったのはヲタルックにも原因がありそうだ。視界は悪いし汗は掻くし体温は下がりにくくなるしこの時期は蒸れて暑い。圧倒的に不利である。  逆に言えば、そんな不利な状況下であそこまで佐々部さんに応戦できたことが驚きなのだけれど。やっぱ相当の手練れなんだろうな。  素朴な疑問だがそうまでして鬘に拘る必要ある? 地毛隠したいなら髪染めればよくね? 「ハァ……きっつー…」  うーん。ギブアップ、かな。  部活に青春を捧げる生徒には反感を買いそうだが、客観的に言えば、部活動は学園生活の一環でしかない。勉強との両立や部員との軋轢、体力面などに負担があれば、辞めるのも一つの逃げ道ではあると思う。  ……王道、案外プライド高そうだし。あそこまでバタバタ倒されたら、もう柔道部なんて嫌なんじゃねえかな。  まさか佐々部さんがあれほどスパルタ路線で行くとは夢にも思わなかった。これで辞めたら明らかに佐々部さんのせいだ。俺は金輪際協力しない。 「こんな一方的なの、久々だっての……」 「……」 「絶対ぎゃふんと言わせてやる……あの筋肉男」  アオハルかよ……。  ここはもう素直に王道を応援だ。佐々部さんの鼻をあかしてやれ。  王道の頑固で敢闘精神に燃えた根性は早々に挫けるものでもなかったらしい。あの向上心と負けん気の塊なら、きっと部の活力と大きな戦力に成り得るだろう。  つくづく、良くも悪くも、周りに多大な影響を及ぼす人間だと改めて思う。  部活の件はもうお役御免だろう。元より、進んで関わるつもりもない。こっそりとその場を離れる。  さて、寄り道を終えまして。  ぴしりと糊のきいた白衣に袖を通す。  こまめに洗濯しているのか、よく新品と取り替えているのか、目に痛いほどの眩しい白だ。書籍は整然と本棚に並び、机周りや薬棚も整理整頓が行き届いた第一保健室の診察室にて。  ひとをダメにするオフィスチェアにくったり体重を預けるのは、現在絶賛ナイーブな俺。 「………はあ、」  悲報だが、下駄は結局見つからなかった。おそらく清掃員に回収されたのだろう。へこんだ。  さらには先ほど頼から連絡が来て、昨夜俺にシャボン玉液を引っ掛けようとした生徒Gの動機が判明。  生徒GはEクラスの生徒だったらしい。それがわかっただけで大体察しがつく。  ひと学年のクラスはSからFの7クラス。実力・家柄主義とあって集まる生徒の傾向もクラスごとにおおまかに片寄っている(リウ調べ)。  Sクラスと、Aクラスの一部の生徒は才覚に溢れ、自尊心が高くかつ上昇志向だが、下位クラスをナチュラルに見下しがち。  B・C・Dは上位クラスへの憧れが強く、親衛隊に所属する生徒が多い。  そしてEクラス───ここは所謂『落ちこぼれクラス』とごく一部に呼ばれており、故に反体制的思想・アナーキストが比較的多く集まる。  生徒Gはつまるところ、反生徒会側の生徒。俺個人に因縁があるというよりは、権威ある組織に対する恨み嫉《そね》み。  ちなみにFクラス……通称『不良クラス』については、ここ数年全然荒れてないらしいし、統率役のボスがうまく纏めているので概ね無害だ。体制側の人間としては、断然Eクラスの方が性質《タチ》が悪い。 (まあ……クラス単位で優劣つけたら当然そうなるわな)    一応被害者なのに冷静。  どころか、個人的な因縁じゃなくてマシだったと思ったくらいだ。俺も随分と学園に適応してきたように思う。  まあ……七夕祭りを無事に終え、今学期の行事も残すは一・二年合同の夏合宿のみ。それもまる二週間以上は間が空く。しばらくは差し迫るイベントもない。  模試の勉強と生徒会業務の消化に時間を当てられそうだ。ひとまずは平和になりそう。  ……それにしても疲れたスわ。 * * *

ともだちにシェアしよう!