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ファイルは日付順、書籍は索引順、雑誌はバックナンバー順とそれぞれ山があり、よく見たら至るところから飛び出していた付箋の向きや長さまで統一されている。
これならあとは俺がチェックして棚に運ぶだけでいい。30分でここまでやってくれたら上出来だ。
俺の視線の先に気づいた結城が、「あ、」と声をあげる。
「雑誌はジャンルが幅広かったんで、順番違うかもしれないです」
「そこはこちらで確認しておきますね。ありがとうございます」
「……あの。この雑誌で紹介されてるの、先月の立食パーティーで演奏してた楽団ですよね」
そう言った結城が指し示したのは、一山の一番上に置かれた世界のクラシック音楽の情報を集めた雑誌の一冊。
三週間以上も前に済んだ学園行事の参考資料が未だに片付けられていない実態にとうとう引かれたのかと思い、作る笑顔がぎこちなくなる。
とりあえずさりげなく話題を逸らそう……。
「よく気づかれましたね。日本国内ではさほど有名ではないらしいですけど」
「ただの学園行事のためだけにわざわざ国外から呼ぶの、大変じゃなかったですか」
「まあ、けっこう無理を通しましたね。でも、この楽団の楽曲や歌姫の歌声にはヒーリング効果が望めるとの評判があったので、インターハイ前にはちょうどいいかなと思って」
「ふぅん……」
そう呟いたきり、結城は黙ってしまった。
頬杖をついたまま、紅茶をちびちび口に運びながら、参考資料として収集している雑誌の山を静かに目でなぞっている。
何か気にかかることでもあったのだろうか。
尋ねようとしたとき、最後の一口を飲み終えた結城がおもむろに顔を上げる。
「生徒会業務のみっつめって、なんですか」
よく覚えてたなあ、と素直に関心してしまった。
そういえば説明が途中だった。
ここまで引き伸ばすほどの内容ではないのだが、それでも重要な業務の一柱。
ひとつめが『環境整備』。
ふたつめが『マネジメント業務』。
そして、みっつめが。
「『生徒会役員としての自覚と、矜持を持つこと』」
「……?」
「まあこちらに関しては、追々解っていけばいいことです」
意味を理解しあぐねているようだった。「なにを当然のことを」と思われたかもしれない。
一見、業務というよりは標語に近い。
だがそこに義務が伴う以上、俺のなかでは立派な業務だ。俺自身、自分がこの業務を正しく果たせているかどうかは分かり得ないし、主観的に判ずるものでもないと思う。
まあ実はこのみっつめ、会長からの受け売りなんだけども。
『一般生徒にとってみれば、まだお前という人間は未知だ。外部入学で、出自は格下。受け入れられない可能性も当然ある。仕方ないと思うだろう。
だが、そこで終わるな。そこで思考を止めるようなつまんねえ人間にはなるな。
────仮にも、この俺と同じ場所に立つのなら』
会長からそう言われたのは、新生徒会役員として迎えた研修一日目のこと。
手厳しい男だと思った。
そして、その時点まで生徒会会長に対して抱いていた「軽薄」「軽率」「享楽的」といった数々のマイナスイメージが、少しだけ変わった。
そう宣ったはずの当の本人が一番生徒会室への出席率が低い現状についてあんたの自覚と矜持はどうしたと再三詰りたいのはやまやまなのだが、来たら来たで誰より仕事が早くて完璧にこなすあたり非常に腹立たしいことこの上ないので強く出られないのがもどかしいところだ。
それから後は次回の研修日時の通達と連絡先の交換、そして『候補生の証』を結城に渡して、指導係一日目はなんとか無事に終えることができた。
何故だろう、普段より業務時間は短いはずなのに、疲労はいつもより数倍溜まった気がする。
………とりあえず次の研修日が来るまでに、美味しい珈琲豆を取り寄せておくとしよう。
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