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明くる日、教室。
朝のSHRが始まる10分前のこと。
一限目に控える定期小テストのために最終チェックをしていたところ、俺のデスクにぱたぱた駆け寄ってくる賑やかな足音を聴き付ける。
テキストに落としていた目線をふと上げた。
「りーっちゃん!」
「おっはよー!」
「おはようございます。いつもより早いですね」
「「今日はがんばったの!」」
髪型や服装をほぼ毎日アレンジし、朝昼晩とがっつり飯を食い食後のデザートまでしっかり平らげる双子の登校はいつもだいたいギリギリだ。
しかし今日は平時より10分も早い。これは事件である。
早々にヤバイ案件だと察知した俺は、勉強を諦めてテキストを閉じる。
俺の机と前の座席の空いた空間にしゃがみこみ、顔だけをひょっこり覗かせて並ぶ瓜二つの顔。どこか不安そうに下がった眉尻。
「あのねりっちゃん……」
「昨日のことだけど……」
「「候補生にちょっと厳しくなぁい……?」」
ああ……そのこと。
甚大な問題またはショッキングな出来事でもあったのかと身構えていただけに拍子抜け……するのは失礼か。双子としては重要な問題なのだろうし、俺自身も昨日ちょっぴり反省したし。
昨日の放課後、双子はだいぶ候補生の存在を気にしていた。結城を資料室に残して二階に戻って来た俺に、それこそ5分毎に「様子を見に行きたい」と打診するほど。
双子と絡ませて結城の空気を和ませるのもひとつの手かとは思ったが、双子オハコの愛嬌も効力を発揮するかしないかは相手によりけりだ。
俺は結城に仕事を課した上で『ひとりで考える時間』を与える方を優先した。その方が結城のためだと思った。
というか。
「私の研修初日は、丸一日みっちり会長から指導を受けましたけど」
俺の研修初日は年始の休日だったから長時間拘束された、ってのもあるので昨日のように平日真っ只中の放課後とは時間感覚から配分まで違うのだけれど、まあそういうわけだから、「厳しい」という評価にはどうにも首を傾げる。
俺の感覚なら、まだまだ序の口なんだが。
双子が庶務職を『雑用係』と訳したように、庶務なんて言ってしまえば"役員がやるには些か面倒で大量な雑務を代わりに片付ける係"なのだ。
これが生徒会信者なら「皆様方のお役に立てて幸せです」と進んで肩代わりしてくれそうなところだが、欲しい人材は『信者』ではなく、有能な『同志』。
忍耐を試させて貰うくらいのことは、当然する。
「「かいちょーもりっちゃんも"習うより慣れろ"タイプだからなあ…」」
「会長ほど酷くはないですよ、私」
「「まあそこはそのとおりだよ」」
「ただ、僕らがりっちゃんに指導を任せた手前、」
「言える立場じゃないのはわかってるんだけど、」
「………。いいですよ、言って下さって」
自分たちが去年同じ立場だっただけに、人一倍「候補生」の様子が気にかかる双子の気持ちもわかっているつもりだ。
指導役を丸投げしたのは自分たち、とちゃんと自覚した上での率直な意見なら、こっちにも傾ける耳はある。
「あのね? 昨日が初顔合わせなんだし…」
「そのぉ……真っ先に仕事じゃなくてさぁ…」
「例えば?」
「えっと、ほら、挨拶回りとか」
「みんなで一緒にディナーとか」
わからんでもないんだけどなあ……。
挨拶回り……つまり新しく生徒会に招き入れる候補生として教員や委員会などの他組織に紹介して回ることもいつかはする必要があるが、なんつうか、外堀を埋めるようで俺としてはタイミングが早いと思ってる。
周囲に候補生のことが広がれば、いざ結城が辞退したいと考えたときに困るだろうし。
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