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声を、どこかに忘れてきた。
雷にうたれたような衝撃のあまりフリーズするしかない俺に何を思ったか、園陵先輩は申し訳なさげに目を伏せる。
「申し訳ありません、信じられませんよね、こんな非科学的な話。恐らく根も葉もない噂が一人歩きしただけでしょうし」
「そ、そうですよね……困ったものです……」
あの、私そういう非科学的な話めっちゃ信じてますねん。すみません。
───《学園の七不思議》。
「ソレ」がこの学園でまことしやかに囁かれていること自体は、まあ、そのワードを小耳に挟む程度には知っていた。聞いたのはちょうど一年前の、暑い時期のことだ。
ただ、内容に関しては固く耳を閉ざしてきた。だって一度知ってしまえば……………トイレ行けへんやん。
そして合点がいった。
この小袋の香り、あれだ。お線香と同じなんだ。この袋は必勝祈願でも受験合格でもない、きっと魔除けの袋だ。中身はきっと清めの塩だ(迷推理)。
だがここでどうしてその呪われしワードが出てくるんだろう。
内心ではビビり倒しながらも、園陵先輩を相手に怖がりだと自己申告できるわけもない。常にかっこよく見られたいのが悲しき男の性。
「荒唐無稽なお話に付き合わせるわけにはなりません。貴重なお時間を割いてしまいましたこと、深くお詫び申し上げます。箱をこちらへ……」
「あっ、待っ………お待ちください! 先輩一人では大変でしょうし、お手伝いいたしますよ!」
必死過ぎて逆に怪しいわ。俺ほんと正直者だわ。
断固として手伝うと主張すれば園陵先輩から折れて下さったので、箱をしっかり抱えなおす。
そもそもどうして小袋の話から《七不思議》の噂に飛躍するのか。
そして風紀の副委員長が、なんでこんな雑用紛いなことをするのか。
そんな俺の疑問に対し、園陵先輩は憂いを帯びた御尊顔で経緯を話してくれた。
「旧歴のお盆にあたる7月、取り分け15日から夏期休暇直前にかけては、毎年一時的に肝試しブームが到来します」
「きもだめし……」
「中でも《学園の七不思議》の解明に挑む生徒様が後をたたず……ここ最近、放課後を過ぎてもお帰りになられない方や、教職員の方々から鍵を拝借する方などが急増しておりますので、注意喚起を風紀で行っているのです」
肝試し。廃れてほしい夏の定番文化だ。
今の今まですっかり失念していた。季節行事やイベントごとに敏感な学園の生徒が食い付かないわけがないのに。
風紀と《七不思議》の関連は今の説明でわかった。恐らく小袋の設置と同時に放課後の見回りも兼ねているのだ。
《七不思議》がもし本物ならこんな小さな御守り袋、気休めにしかならないだろうけど。
「風紀の事情はわかりました。でもやはり、園陵先輩が放課後ひとりで出歩くなんて危険です」
「どうか御心配なさらないで下さい。これでもわたくし、けっこう力はあるのですよ」
「でも、副委員長がわざわざ………」
「わたくしは志紀本様ほど学園のネットワークを把握しておりませんし、情報収集能力も劣るので。自分自身の足で歩いて、自分の目で見て把握する方がよほど手っ取り早いのです」
「アクティブな先輩も素敵です」
「それにわたくし、実は家の用事で今学期は一足早く夏期休暇に入る予定なのです。この仕事 はわたくしにしかできませんし、ですから早急にお片付け………支倉様?」
嘘………だろ……。
園陵先輩がいなくなったら、男だらけのむさ苦しいこの学園で、一体何を糧に生きていけば……?
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