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胸中で目から汗を流しながら頭 を垂れる。突然訪れた別れの現実に打ちひしがれた。下手すると《七不思議》よりもショックが大きい。
家の用事……そっか、三年生だもんなあ……。
園陵先輩の母方の家系は京都で発展した茶道流派のひとつだそうで、そして先輩は卒業後進学せず、家督を継ぐため修行に入るとのこと。今回の早めの帰省は、その準備のため。
園陵先輩はきっと先祖がかぐや姫だから卒業したら月に帰ってしまわれるかもしれない……という俺の密かな憂慮は解消されたものの、それはそれこれはこれ。
しかし先輩にとって大事な時期だ、俺のわがままで困らせるわけには……。
今週の金曜日が今学期最後の登校日の予定らしく、それを考えると今日会えてよかった。そう考えよう。
それでも寂しいものはやっぱり寂しいので、休暇中のせめてもの慰めにと、暑中見舞いを交換する約束を取り付けることに成功。よし、これで乗り越えられる。
「…………あ、」
「あ」
前方、空中回廊に差し掛かる入り口に、結城の姿を発見。
目がばっちりと合ってしまい、結城は軽く頭を下げ、なんだか気が進まなそうな様子でこちらに歩みを寄せてきた。
……さっそく、『あまり絡みたくない先輩』認識されてそうだな、あの反応。
しかしわざわざ遠回りして俺に「避けられた」と気取られるのも嫌だろうし、不承不承といったかんじだ。
内心ちょっぴり苦笑い。
まあでも昨日の今日なので、この態度も仕方ないか。
「昨日ぶりですね。昨晩はしっかり休まれました?」
「ええ、まあ……」
先輩らしく、体調面にも一応気を遣っておく。
さすがに昨日だけでフィジカルがやられるほど体力みじんこでもないと思うけれど、今後継続的に研修を重ねていくのなら仕事の能力に限らず休息とのバランスについても気にかけておかねば。
「それなら良かったです、ではお気をつけて」、と会話を締め括って解放しようとしたのだが、その前に、新顔の登場で目をぱちくり瞬かせていた園陵先輩が控えめに会話に入ってきた。
「もしかして、支倉様の後輩様ですか?」
「……。」
後輩相手にすら敬称をつける【風紀副委員長様遜 りすぎ事案】に直面して結城がすぐには反応できないでいるあいだに、そのとおりだと答える。
挨拶回りにはタイミングが早いが、園陵先輩が相手なら前もって紹介しても大丈夫だろう。それにまあ……優秀な人材を風紀に持っていかれないように、牽制の意図も少しばかり込めて。
「まだ公表する予定はないのですが、園陵先輩には特別にご紹介いたしますね。こちら、生徒会候補として昨日から研修中の結城です。結城、ご挨拶を」
「……。お初にお目にかかります、一年の結城です。まだまだ未熟者ではありますが、候補生として、お優しい先輩方のご指導の下精進して参りますので、宜しくお願いいたします」
うっっわ……なんですかその人懐っこい笑顔。
一瞬で「礼儀正しい後輩モード」に切り替えやがったぞ。本当、器用なやつだわ。
ちなみに、現在結城の服の下、首もとには昨日の放課後帰る前に手渡した『生徒会代理』のペンダントが揺れているはずだ。
満月を模したペンダントトップはイエローダイヤモンド。『風紀代理』の証と同様、モチーフは学園名の月を準えている。
これがいわば、『生徒会候補生の証』だ。
例えば候補生の間は生徒会室への入室の際、石に埋め込まれたICチップが通行証代わりとなる。
それを見せれば一目で準生徒会役員だと周囲にもわかるので、立場に見合う発言権を得られ、融通も効きやすくなる。
準生徒会役員の位は一般生徒と『役職持ち』の狭間。
だからむやみやたらに見せびらかすものではないと昨日のうちに釘を刺しておいたが、どうやらそこはちゃんと守って隠してくれているらしい。
「その小袋、なんですか?」
「御守り袋です」
「何の?」
「御守り袋です」
「…何から守、」
「御守り袋です」
「気さくな後輩モード」を発動したことでもう少し会話を長引かせる気になったのか、俺が持つ箱を覗き込んだ結城に興味深げに問われる。
俺のくちから言えるものか。
それ以上の情報は開示すべきではない。もしも結城がトイレに行けなくなったら困る。
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