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 その後、御守り配布済みか否かで分けたチェックリストをメールに添付して送ってもらい、園陵先輩と別れてまだ手付かずの校舎のうちひとつへと向かった。  広い広いとは重々承知していたものの、手分けしたところで今日中では到底終わらない量だ。  最後までお手伝いしたいのはやまやまだが、俺自身それほど自由が利く立場ではないから手伝えるのも今日だけだろう。  時間と効率との兼合を考慮した結果、辿り着いた先は。 「さて……やりますか」  北東の端に位置する校舎・北棟。  大多数の生徒の活動範囲から外れ、部室として利用している部活動もさほど多くなく、本館・分館合わせても特に人通りが少ない学舎。  一昔前は濡れ場やリンチに格好のスポットだったらしいが、風紀の徹底的な見回り活動や解放時間の短縮を経て今では悪さをする生徒がほとんど立ち寄らなくなった。  何が嫌って、ここで暗躍中の部活動がオカ研・(心霊)写真部・(ホラー)映画鑑賞部等々、努めて忌避したい部ばかりだからだ。  それでも無人よりマシかと思い直し、一階から順に教室を回っていく。  御守りを配備する順番としてこの校舎を優先した理由は、ひとえに人気が少ない場所だから。  園陵先輩にここを一人で歩かせるくらいなら俺が逝く。じゃない、行く。  慎重に、用心しつつ、可及的速やかに御守りを各教室の出入口に吊るしていき、ペースよく4階へと到着。  時刻は17時半をとっくに回った。外はまだまだ明るい。  これなら他の校舎も回れるかもしれない、と考えながら、第二書道室の扉に電子生徒手帳をあて、解錠する。  書道部は基本的に第一書道室で活動していて、ここは専ら書道家や自分らが書いた書の展示場所として用いられている。  使用頻度が低い教室は安全対策の関係でロックをかけられてしまうので、北棟は一室一室まわるだけでもけっこう手間だ。  御守りを設置し、さて次だ次だと方向転換。しかしふいに、カサ、という紙が擦れる僅かな音を耳が拾った。  振り返る。  奥の準備室の扉を見る。 「…………ん?」  開いてる。  開いてますよ、奥さん。 『《学園の七不思議》という諸説を、ご存知ですか?』 「………いやいやいや、まさか」  園陵先輩の美声と共にインプットされた情報をひとまず思考から追い出し、準備室の扉に手をかける。  いくら対策しているとはいえ、人の目が届きにくいこの場所。性行為の強要やリンチの場として使いやすいことに変わりはない。  故に、さっきの物音は看過できない。  大丈夫、誰もいないことを確認すればいいだけだ。  お化けなんていないさ。お化けなんて嘘さ。  抜き足差し足で忍び込んだこぢんまりとした畳の部屋、準備室。  そのど真ん中の日向で暢気に寝転がる生徒を見て、一気に肩の力が抜けた。  

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