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「おや。何奴(どやつ)が此処を訪ねてくるかと思えば、副会長殿ではないか」 「……どなたがこの場所に潜伏しているかと思えば、二葉先輩じゃありませんか」  額に手をあて、ハァー……と呆れた溜め息を吐き出す。  警戒心が一気に弛んで脱力する俺を尻目に、起き上がって胡座を組み、うんと伸びをするのは保健委員長・二葉先輩。  まあまだぎりぎり下校時刻には達してないし、厳密には立ち入り禁止区域でもないし、相手は俺と同じ『役職持ち』だから解錠の権限を持っているし、特に何か悪いことをしてるわけじゃないんだけども。  学園内で責任あるポストに就く『役職持ち』が、こんなひっそりとした場所で堂々とのんびりしているところを見ると、忙しなく働く俺たちや風紀ってなんなんだろうなあ、とか、思っちゃうわけで。  自由人って得だな……真似したいとは思わないけど。 「せめて保健室で寝て下さいよ、保健委員長サン」 「繋が別の用途でベッドを使用中でのう。断固として近付きとうない」 「保健室の当番制って、保健委員のローテーションではありませんでしたっけ? ……もしかしてまた保健委員の誰かが養護教諭の餌食に……」 「餌食どころか、一年同士で繋を巡り痴情が縺れに縺れておる。紆余曲折を経て現在仕事のローテは破綻中だ」  おいおいおいおい、委員会内部がその有り様なら尚更、こんな悠長に暇をもて余してる場合じゃねえだろう。  七夕の振替休日に、養護教諭が俺に留守番を頼んだ理由が垣間見えた。そういや《月例会議》で養護教諭が委員の一年を全員食ったってしょうもない報告があったな。  それがここにきて修羅場と化しているなんて想像だけでも悍ましすぐる。  引き気味の俺に対し、日差しの下、猫のように伸びをした二葉先輩は欠伸を噛み殺しながら事も無げに「困ったものだ」と肩を竦める。  仮にも自分が束ねる組織のことなのに、どこまでも他人事。 「そういうときこそ、委員会の(おさ)のあなたが先頭に立って組織をしっかりまとめるべきだと思うんですが……」 「何、心配せずともそろそろ一年らも現実を見る頃よ。放っておけばじきに落ち着く」 「現実?」 「性欲処理では辛抱できぬからと現状以上を望んだところで詮無き事ぞ。あやつに情など期待できん」 「ソウデスカ……」  平然とした顔でとんでもない単語をぶっ込んできやがる。  そんなスタンスで『役職持ち』が務まるのかよ、と苦言を呈したいのはやまやまだけれども、男同士の泥沼色恋事情に必要以上に首を突っ込みたくはない。  思わず渋面を作りかけたものの、一歩手前で耐えた。  養護教諭に情がないとは思わないが(むしろ下半身事情さえ除けばおよそ人としてまともに見える)、さらに突っ込んだ内容にまで広げられても対応に困る。  もうここでは何も聞かなかったことにして、さっさと次の教室に移ってもいいだろうか。 「それに比べ、お主はこのような下卑(げび)た心象とは無縁よのう。大層な面々が周囲を固めているにも関わらず」 「私のことはどうだっていいでしょう……」 「まあそう言うでない。お主とは、前々から一対一(サシ)で語らってみたかった」  『六委員会』よりも生徒会の方が立場が上ではあるけれど、仮にも先輩側からそういうふうに言われてしまうと、表立っては断りにくい。  しかしまあ……なんだか会話の雲行きが、怪しい。 「なあ、副会長殿。実際のとこどうなんだ」 「どうって、何がですか」 「神宮と、志紀本との関係よ。お主はどちらに対しても、一定の近しい距離に()るだろう?」 「そんなつもりはありませんが……それが、何か」  含むように笑う、二葉先輩の意図をはかりかねる。  どうして突然その二人が出てくるんだろう。あまり並べてほしくない名前だ。特に、先月の《月例会議》であのときの二人の衝突を一部始終見ていた人間のくちからは。 「此処だけのハナシ、どちらが本命かの?」  …………はあ?  

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