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上から抑えつける力と下から押し返す力では、よほどの体格差や力の差でもない限り、上の有利はそう簡単には覆らない。
まして、押さえ込むのは同性のわりに華奢な体躯を持つ相手。両者の差は歴然だった。
指の背側でゆるゆると撫でていた頬から、今度は頚 へ。
戯れのついでに喉仏を指の腹で軽く押すと、生唾を呑んだのか、皮膚の内側で大きくこくんと上下した。
人体の急所へ赤の他人の手が無遠慮に触れたことで、副会長の身体が明らかに緊張しきっている。
常日頃から、外面を取り繕うことに長けた相手だとは思っていた。無難に丁重にやりすごし、試しに揺さぶるだけでは動じず。
それが今は、掌から伝わる反応だけで、彼の心境が文字通り手に取るようにわかる。
イニシアチブはこちらにある。
そう確信し、二葉は満足げに目元を和らげた。
「……、う…」
首筋を撫で上げ、今度は耳裏へと指先を滑り込ませる。
副会長の瞼が僅かに痙攣したことに気付かない二葉ではない。焦らすように爪先で緩慢に擽れば、耐え難いとばかりにその柳眉が中央に寄せられる。
多くの神経が密集し、大脳に近接している場所だ。程度に個人差はあれど、耳を性感帯とする男はさして珍しくもない。
どうやらココが、弱いらしい。
「…---、……ふ、っ」
唇を寄せ、乾いた耳殻を尖らせた舌先で丹念になぞっていく。
反応は想像するより大きかった。ざらりとした舌の表面が触れた瞬間、組み敷いた身体が大きくびくりと跳ねる。
唇を噛んで息を殺した副会長は、嫌悪感を隠すことなく顔を顰めたまま、二葉を振り払わんがために身を捩って抵抗を始めた。
纏め上げた両手を巧く捻られ拘束が解けかける。両手で抑えこんだものの、腕だけに集中していれば今度は足が藻掻くように奮われた。
先ほど不発に終わった蹴りの時も思ったが、意外と場数を踏んでいる。
そういえば神宮が遊びで創ったチームに生徒会の人間が属しているとは、二葉も小耳に挟んだことがある。力では勝れども、安易に油断できそうにない。
それでこそ、興が乗るというもの。
「これこれ、そう暴れるでない。危なかろう」
「……っあなたが離せばいいだけの、話です」
「断る。また蹴られたら困るからのぉ。それにしても意外と冷静なのだな。経験上、大抵の輩は応じるか硬直するか、どちらかの反応に割り振られたものだが」
けっこうな深度でこの非常事態に追い詰められているかと思いきや、なんとか持ち直そうという気概を感じる。
追い込まれた状況下でありながら反発し、頑として流されまいとする副会長の気高な姿勢は、抱かれることで悦びを得る一部の学園の生徒は持ち得ない、男としての矜持から来るものだ。
力の差が明確にあるからこそ、力がない者は知恵を回す必要がある。それを、彼は本能的に知っているのだろう。
(暴力などとは縁遠いと思っていただけに、意外ではあるが)
常の落ち着き払った物腰に反し、内に潜める性質は思いの外、大人しい人間ではないのかもしれない。
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