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勿論そう簡単に逃がしてやるはずもなく、身を沈め、その耳へと再び舌伎を見舞う。
弱いと知ったからにはとことん、徹底的に。
狭い溝の隙間をなぞるように舌を差し込み、時に耳朶を甘く噛み。わざとらしく唾液の絡まる音を響かせれば、徐々に抵抗の力が弱まっていく。
薄い唇を噛み締めて。両眉をきつく寄せて。
「……っ、、……ッ」
それでも声は、聴こえてこない。
「……。お高いプライドをお持ちのようで。まったく、骨が折れる」
溜息混じりに吹き込んだ声に反応し、耳朶がじわりと朱を帯びる。唾液で濡れた小振りの耳がやけに艶めかしいと思った。
惜しむように上体を起こし、二葉は右手のみで副会長の両手首を抑える。
本人が気付いているかどうかは定かではないが、抵抗する力は先ほどよりずっと弱い。この緊張状態で少なからず体力的な消耗と精神的な負荷が蓄積された証拠。
ならば次の手は、「緩急」。
畳の上に張り付けにした相手の頭の天辺から腰までの上半身を、殊更、焦らすようにゆっくり観 る。
乱れた髪。晒されたおでこ。上下する肩。白い二の腕。細い胴体を覆うのはクリーム色のニットベストとグレー地にストライプ柄の半袖ブラウス。
さらに視線を下に下げると、腕を頭上で拘束した際にブラウスの裾も一緒に上に引っ張り上げられたようで、スラックスとの隙間から下腹や形のいい臍、腰骨の窪みがすでに露になっている。
乱れなく締められた黒ネクタイや、日頃裾はきっちりしまう普段の副会長の禁欲的なイメージを知っているだけに、尚更目に留まった。肌の白さに喉が鳴る。
ただただ視線に嬲 られ続ける副会長が居心地悪そうに身を捩ったタイミングで、二葉は再び不埒な手を動かし始めた。
まずはニットとブラウスのあいだに手を滑り込ませる。薄い腹が、触れた瞬間大げさなほどに上に跳ねた。
構わず、身体のラインを確かめるように下から上へ。
筋肉は薄く、なだらかな上半身。
柔らかく弾力のある女の肌には程遠いが、硬質で逞しい男の肌ともまた違う。
ニットベストが胸のあたりまで捲れるほど上まで手を這わせると、心臓の鼓動に指先が触れた。その速さに満足して、今度は下へ下へと手を降ろしていく。
次は身体の横のライン。肋骨から脇腹、それから腰骨。
「、、~~ッぁ…! 、……く、ぅ…っっ」
今までで一番明確な、声。苦悶の吐息。
ちらりと顔色を窺えば、すぐさま唇が引き結ばれる。
脇腹から腰にかけての肌を柔く撫でさすったときだ。
魚が跳ねるような勢いで瞬間的に飛び上がった後、身体を必死に反対側に反らせて指から何とか逃げようとしている。
活 きがいい、なんて嗤ってしまったのも致し方ない。
ネコの経験がないのはなんとなく判る。この反応は触られたことで性的に感じた、のではなく、くすぐったさから来る反射運動。
だが、男に触られて何らかの反応を「返してしまった」時点で、男のプライドは相当すり減らされていることだろう。
腰骨を意味深に撫でて、細身のベルトを指で引っかけるようにしばらく玩ぶ。
副会長の表情が瞬く間に凍りついていく。サッと青褪める表情を、二葉はじっと見下ろした。
「副会長殿」
「……」
「なあ、副会長殿」
二度呼び掛ければ、挑むような眼差しが返ってくる。
この瞳 が駄目だな、と本能的に理解した。
これは男の本気を引き出す眼だ。媚びず惑わず、抗おうとする意志。常は綺麗にひた隠された、ようやく暴いた剥き出しの矜持。これを、己の手で粉々に砕いてやりたいと思うのは、もはや雄の性。
そして困ったことに、例外なく自分の中にも、そうした欲求がむくりと鎌首を擡げ始めている。
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