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 そもそも二葉とて、何も本気で抱きたくて組み敷いたわけではなかった。風紀の見回りは二葉の念頭にもある。  この状況も、もって数分。  ただ、ここにいたのがもしも自分ではなかったら。放課後人気のない校舎に進んで(たむろ)する人間たちが代わりにここにいたのなら、今よりもっと笑えない状況になっていたのは想像に難しくない。  危機感が足りない。自覚が甘い。  それなりに評価している相手なだけに少しばかりのお節介として、身を持ってその危険を実感させたかったのが今回の暴挙に至った理由の二割。  後の八割は興味本位と、好奇心と、それから。 「現時点のお主には、誰をも従わせる威厳も足りなければ、家柄という権力もない」 「……」 「にも関わらず、客観的に見た限りでは、お主は生徒会役員として生徒から快く受け入れられているように思う」  勿論、嫉妬やら軽視やらで彼を好ましく思わない生徒も少なからず居るだろう。  しかし、初等部から長らく学園で過ごしてきた二葉から見れば、この副会長は"比較的"恵まれている方だと思う。  今まで危険と隣り合わせにあった生徒の末路をごまんと見てきた。  美醜を理由に差別され。  成績優秀な人間ほど僻まれ。  地位が低い者は冷遇され続け。  倒錯的な性処理の標的として的にされ。  そして今、二葉が組み敷いている人間は、恵まれた容姿、秀でた学力、生徒会役員という立ち位置でありながら、この学園では最も重要視される金や権力といった「盾」を持たない一般庶民。  妬みや、鬱屈や、欲望の捌け口として周囲からターゲットにされても何ら不思議ではない立場。  そんな人間にとって、本来もっと、この学園は危険な場所足り得るはずなのだ。今日のように、人気のない密室に無防備に立ち入ることなど考えつかないくらいには。 「現状、お主を唯一護る『盾』は、神宮率いる『生徒会の役員』であることのみ」  ではどうして彼が"比較的"安全にこの学園を渡り歩けているのか、理由はひとえに、その周囲を固める人間が威厳も権力も兼ね備えた人材だから。  神宮奏という現生徒会会長の絶対的なチカラがあるからこそ、成立し得る強固な盾。  去年、副会長が一年生だった頃は、他人との接触を極力避けるタイプだったと聞いたことがある。  そんな彼が今や生徒の顔役として交流を広げられるのも、生徒会というしっかりとした地盤ができた結果にほかならない。  けれどその恩恵はいずれ失われるものだ。 「しかし神宮が会長職から降りた時点で、その盾も瓦解する」 「……、」  ”そんなことは判っている”とでも言いたげな顔。どうやら耳に痛い話だったらしい。  神宮の名がどれほど強大か、権力とはどれほど周囲に影響を及ぼすのか。  そしてその盾が取り払われたとき、一般庶民の生徒会役員は危険と隣り合わせの学園生活を余儀なくされることとなるだろう。 「そうなる前に後ろ盾となる『本命(・・)』は、決めておいた方が賢明だぞ」  言外に滲ませた卑俗な意味をここでやっと理解して、副会長がカッと顔を赤らめた。  己より地位が高い『本命』なら誰でもいい。  ギブアンドテイク。  己の身を護ってもらうために、目上の者に己の身体を差し出す。この学園において、肉体関係を結ぶ生徒が多い理由のひとつだ。  もちろん同性間の本気の恋から、そういう関係に至る生徒だってたくさん居る。しかしこの学園は根本的に、弱肉強食の世界で成り立っているのが事実。  すべては権力が物を言う。  非常識を以て常識を淘汰する。  言葉も、信頼も、小手先の処世術も、権力の前では容易く掌を返す。  こんな窮屈な在り方でしか成立できない居場所など───。 (…………早く壊れてしまえばいいのに、)  

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