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「まったく、どうして部長はボクの邪魔をするんだい……っ!?」  ぴたり。  第二書道室・準備室の時が、止まった。  声の持ち主を記憶から掘り起こす前に、二葉は反射的に左手を動かし副会長の口を塞ぐ。そして自らも息を殺した。  もって数分、どころの余裕はない。  風紀に見つかるよりもある意味、面倒な相手が来てしまった。  顔の下半分を二葉の手によってすっぽり覆われた副会長はしばらくもがいていたが、息苦しさから次第に抵抗が弱まっていく。  呼吸は確保できるよう塞ぎ方を調整しながら、第三者の大声と複数の足音に二葉は耳を(そばだ)てた。 「《七不思議》の謎を解き明かす絶好のチャンスじゃないか! それでも君はオカルト研究部の部長(リーダー)かい?!」 「部長だからこそ止めてるんだよ! また風紀に見つかったら今度こそ廃部だってば!!!」  ………煩いのが増えた。  聞き覚えのある声と話し方から、来訪者はすぐにわかった。  『役職持ち』の一角を務める図書委員長であり、同じクラスの異国の留学生、フィン・クラン。と、+α。  クランはオカルト研究部の(幽霊)部員だ。  性格は顔に似合わず非常に好奇心旺盛、探求心にあふれた自由人。  二葉も自由人扱いされることは多いが、わりと狙ってやっているこちらと違って向こうは純粋培養なので、自由度の次元が違う。  そんなクラン並びにオカ研部長がこんなひっそりとした場所まではるばると、何の用かは今の会話の流れで容易に察しがつく。  恐らく最近の肝試しブームに触発されたクランが、持ち前の知的好奇心と探求心が赴くまま怪奇現象探しに励んでいるのだろう。  風紀委員長を友人と呼ぶわりに、規律を重んじる意識はペラッペラの紙より薄い。  例の一年生をサダ男だジャパニーズホラーだと騒ぎ立てていた記憶もまだ新しい。世間知らずのお貴族様はヒトであれ何であれ未知の存在には目がないのだ。 「でも部長だって《七不思議》を解明したいのが本心だろう? 何せ君、一体いつから高等部にいるの??????」 「留年歴には触れないで!」 「このフロアだけでいいんだ、どうせなら付き合ってよ!」 「……もー、わかったよぉぉ……」  部員が部員なら部長も部長だ。結局好奇心には逆らえず呆気なく折れてしまった。  二葉としてはもう少し粘ってほしいところだったが、学園に片手程度しかない留年生は誰も彼もルールを守る意識が低くなりがちだ。足止めには使えそうにない。  扉を開けては閉める、そんな音が、遠くから聴こえる。だんだんと近づいてくる。  この階の各教室を片っ端から見て回っているようだ。  それにしたって、高校三年生にもなって無人の廊下で声を大にして騒ぎ立てる内容ではない。書道室のさらに奥まったところにある準備室にまで明瞭に二人の会話が流れ込んでくるほどのボリュームはもはや基準値佐々部だ。あれもあれで相当うるさい。  まあそのおかげで、こちらは来訪者の接近に気づけたわけだが。  二葉はついつい失笑しつつ、身を屈めた体勢のまま、準備室の扉を横目に確認する。  ……僅かながら、開いている。  

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