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 徐々に迫り来る扉の開閉音とふたつの足音。切迫した状況下で、二葉は冷静に考えを巡らせる。  風紀の見回りでも来ない限り、クランの性格上、自らの意志で引き返すとは考えにくい。  何せここ、北棟の校舎の4階にはとある《七不思議》の発生ポイントだとまことしやかに囁かれている教室が在る。  同じフロアのこの場所にも踏み込んでくる可能性は非常に高い。  オカルト研究部の部長だけが単独でここに来たのなら、例え見つかったとしても追い返せる自信はあった。  それこそ、この状況にふさわしい雰囲気を作って、「お楽しみ中だから邪魔をするな」「他言無用」とでも言えば簡単に追い払えただろう。  しかしここで懸念すべきはクランの方。  クランは風紀委員長と交友関係にある。  風紀委員長は生徒会副会長を殊更気に入っている。  そして現在、己が組み敷いている相手は。 「第二書道室……ここも、特に異変はなさそうだね」  ついに壁一枚隔てた隣の部屋に二人が入ってきた。  部屋内を物色する物音と話し声が耳に届く。二つの足音がもうすぐ傍に。  自然と抑え込む手に力が入った。息を殺してやり過ごすことに決める。  幸い、暴れても余計苦しくなると悟ったのか、副会長は先ほどよりもずっと大人しい。 「やっぱり明るい時間に来ても意味ないんじゃ……?」 「うーん……一理あるねえ」  あと、少し。  クランが残念そうに声のトーンを落とし、人の気配が次第に遠ざかる。足音が遠退き、二人揃って廊下に出たようだ。  どうやら見切りをつけて次の教室へ向かうらしい。  ひとまず凌げたなと、二葉が浅く息を吐いた。一息吐けた、その瞬間だった。  ────騒々しい音が、足下から。  ぐしゃり、という紙の耳障りな音に続き、何かが何かにぶつかる派手な衝突音。 「…………今の音、なんだい?」  聞きつけたクランの声色が変わる。  二葉は無言のまま上体を起こし、静かに後方を振り返った。  発信源は足元、それから戸棚の近く。  副会長が準備室に入室した時に腕に抱えていた、そして二葉が押しかかった時に放り出された小箱が、中身を盛大にぶちまけた状態で戸棚のすぐ傍に転がっていた。  紙を踏んでいたのは副会長の右足。  彼こそ、足元に放置されていた小箱を戸棚の方まで蹴飛ばした犯人。まったくもって、足癖が悪いことこの上ない。  『退け』。  そう言わんばかりの刺々しい眼孔。  この不利な状況下にも関わらず、どうやら二葉が気を抜く瞬間を虎視眈々と待っていたらしい。やはり想定以上に、肝が据わっている。 (………だが)  

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