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「今の音ってあれだろ、世に言うポルターガイストだろう?! やっぱり確実に何かいるよ! 頼む部長、離してくれ!!」 「ほっほっほんものなら僕ら二人だけじゃ危険だよ!! もっと人を呼ぼう!」 「じゃあ部長は逃げていいから! 必ず後で追い付くからボクに構わず先に帰ってて!」 「それ死亡フラグだからあああ!!!」  外の二人はまたもや揉めている。  しかし遅かれ早かれクランがオカ研部長を振り切ってこの準備室へ突撃するのは時間の問題。  いやそれよりも、二人の声を聞きつけて風紀委員がここに駆けつける方が先か。  どちらにせよ猶予は後僅か。 「………興が醒めたな」  副会長の口を塞いでいた左手を離す。  はふ、と息を吐き出した副会長は呼吸を整える傍ら、やっと現れた解放の兆しに少しだけ身体を弛緩させた。  その油断を見逃さない。 「……、っ…?!」  禁欲的な黒ネクタイの隙間へ、指を。  シュビっ、と手早く引き抜いて、そのまま第二ボタンまで外す。  あまりの手際の良さに副会長が呆然としているのをいいことに、ブラウスの襟部分を左右に大きく開かせた。  白いのど、華奢な鎖骨。透き通るような玉肌が眼前にさらけ出される。  遅れて掻き合わせようと動いた両手は、もちろん手首を捕まえて両サイドに縫い付ける。  襟元は広げられ、もちろんブラウスの裾は鳩尾から腰骨が見えるあたりまで捲り上げられたまま。  そんな自分の今の格好が随分「はしたない」ことを強く感じているのだろう、羞恥と屈辱で目元を赤らめ、じっと見られていることが耐え難いとばかりに首ごと顔を横へ逸らされた。  その程度の抵抗で、逃げたつもりになって。 (これが無意識なら……、なんと危うい)  さらけ出された首筋に唇をあて、暴れ出す前に鎖骨のすぐ上へ強く吸いついた。  蒸し暑い夏日の放課後にも関わらず、滑らかな肌理。男の肌とは思えないくらいには嫌悪感がまるでない。  さすがはランキング一位、などと下世話なことを考えながら、再び飛んできた蹴りを片手で受け止める。  この瞬発力と一切躊躇のない行動力。  想定よりもずっと肝が据わっている人物だとは認める。認めはする、けれど。 「その負けん気の強さは賛辞に値するが、」 (───震えている) 「反して身体は素直なことよ」  小刻みにカタカタと震える手首をそっと離す。  朱く色付いたそこは首筋に残った鬱血痕よりずっと薄いが、白く華奢な身体にこそ良く映えた。まるで手枷のようで。  乱れた髪、噛み締められた唇、整わない呼吸。禁欲的なイメージが一気に覆るほどの画。その表情を満足気に見下ろした後、二葉はくるりと背を向けて逃げ支度を開始する。  追撃は来ない。  暴言がぶつけられることもない。  いいや、この様子では、ぶつけたくてもぶつけられないのが本音だろうか。  声を出したくとも───…出ないのだろう。 (こうなると問題は、神宮と志紀本……はてさてどちらに『告げ口』するのやら)  そこはあとで考えるとして、まずはここを去るのが先だ。  部屋の中央部に敷かれた正方形の畳を持ち上げる。その下の床にあるのは一見すると床下収納庫に見える四角い枠と鍵穴。知る人ぞ知る、階下へ繋がる秘密の抜け道。  校舎内の至るところに隠されているこういう仕掛けには二葉もよく助けられてきた。このような人気のない場所を根城のひとつに選んでいるのも、コレがあるからだ。逃げ支度を整える首尾ももはや手慣れたものである。 「あ、ちょ、クランくぅぅうん!!」  ついにクランが部長の制止を振り切ったのだろう、勢いよく第二書道室の扉が開いた。この準備室にアタリをつけるのも恐らくあと十数秒。  手際良く解鍵し、下の階へ続く穴に体を滑り込ませた二葉は、最後に一度、首を捻って副会長を振り返る。  ぐったりと横たわったままの姿は、常の彼では信じられないほど憔悴しきっていた。 (……同性への好意を公言しているわりには、同性愛に対して寛容な姿勢とは言い難い) (ますます────、興味深いな)  準備室の扉が勢いよく開け放たれたのは、二葉が階下の教室へ難なく着地したまさにその直後だった。 * * *

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