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「ついに正体を突き止めっ………って、あれ? 君は、副会長くん?」
扉が完全に開かれる前に、捲れていたニットベストを慌てて引き下げて、はだけた襟元を掻き合わせた。
ネクタイは咄嗟に外してポケットの中に隠した。締めなおす余裕はないと思ったから。
素早く上半身を起こし、声がした方を見上げる。
ちょうど準備室に足を踏み入れた図書委員長・クラン先輩の、きょとんとした顔と対面した。
アイス・ブルーの澄んだ瞳をぱちぱちと瞬かせて、疑問符を浮かべたまま近づいてくる。その背後、怯えきった様子で扉の隙間からひょっこり顔を覗かせるオカルト研究部の部長の姿もあった。
畳の上、近づく影。
刹那、血の気が引いた。
「すっごく荒れてるね、この部屋……。何かあったの?」
「……、…っぁ、」
「副会長くん……?」
声を、出そうとした。
けれどかろうじて舌に乗ったのは蚊の鳴くような頼りない音。
喉がひどく渇ききっていた。
声を絞りだそうと躍起になればなるほど、気道を何かにきゅっと締め付けられるような閉塞感に襲われ、息苦しさに喘ぐ。
落ち着け。……落ち着け。
こんな姿、人前で見せてはいけない。
「、か……紙、を」
「ん?」
「書道の半紙が、散らばっていたので、それで」
「ああ、そうだね。片付けようとしてくれてたんだ?」
「はい。けど、その、足を。……滑らせて、しまいまして」
「なるほど。さっきの大きな物音はそれだったのかな?」
「ええ、おそらく」
ここに倒れていた理由を即席ででっち上げる。
まるで自分の声じゃないみたいに、スムーズな発声がかなわない。幸いなことにクラン先輩の方は特に訝る様子もなく、この説明で納得してくれたようだった。
ぎゅ、とベストを掴み縋る手に力が籠る。
辿々しく、語尾は震えている。声色は弱い。表情筋は鈍い。副会長お得意の作り笑いには到底程遠いぎこちなさ。
なんとかそれらしく辻褄を合わせるだけで、今の自分は精一杯。
知られたくない。知られてはならない。
頼むから早く、立ち去ってくれ。
「……大丈夫? 頭とか打ってない?」
俺の傍まで寄ってきた心配顔のクラン先輩がその場に片膝をつき、こちらに手が差し伸べられる。
白くて長い指、綺麗な手。
サッと全身が戦慄き、冷や汗が背中をつたった。数分前のやり取りと、重なる。
さっきは俺が手を差し伸べる側だった。
その手を二葉先輩に捕まえられて、強引に手繰り寄せられて、それから───。
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