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第2話

「小鳥遊はまだ仕事があるから心配してたんだけど、頑張ったなー」  模試の結果を眺めて、担任の教諭が呟く。  前回まで合格圏外になっていた判定が、一つ上に上がっていた。  まだまだ合格への道は遠いが、前に進んでいる実感が自信へとつながる。  進学面談で戻ってきた結果に、希望も少し自慢げだった。 「これからが本番だから、次がんばれって慰めようと思ってたのに」 「先生はもっと生徒の可能性を信じた方はいいですよっ!」  希望が誇らしげにウインクすると、キラリと星が煌いた。飛び出した流星は、教諭の額にこつんと当たる。 「……この判定でそこまで調子に乗らなくていい」 「あっ、はい」  星は、あっさり弾けて消えてしまった。      ***     「この間の模試で判定が上がったんだー。ライさんのおかげだよ! ありがとう!」 「へえそう」  希望はライの隣に座ってにこにこしている。  ライは対して興味なさそうに呟いて、希望の腰に手を回した。抱き寄せるようと僅かに力を込めて、ぷっくりと厚めの希望の唇をじっと見つめる。 「……あっ、それでね!」  希望はぱっとそこから離れて、鞄を開け、中を探る。  勝手に自分の腕の中から消えて背を向けた男に、ライがゆっくりと視線を向けていた。    希望は参考書と問題集を持ってくると、何事もなかったかのようにライの隣に座る。 「また勉強教えてほしいんだけど、だめ?」  くりん、と小首を傾げて、希望がライを見つめる。潤んだ瞳で、甘えるようにライを見つめて、ぴったりとくっついた。 「この間すごくわかりやすかったし、ライさんが教えてくれたところ成績良くなったからまた教えてほしいなぁ……」 「……」 「夏からは仕事も少し休んで勉強頑張ろうと思うんだけど、ライさんが教えてくれたらもっと頑張れそう!」 「……」  ライはじっと希望を見つめたまま、反応がなかった。  希望は必死だった。今のままでは目標の大学に合格するのは難しいだろう。猫の手、どころではない。虎の手みたいなライの力を借りたかった。大学合格の為に。  ……などという、ちゃんとした理由ももちろんあるが、希望にはもう一つ大事な理由がある。    ライさんと一緒にいたい!    大人な恋人に勉強を教えてもらうのはとても良いものだった。すごく良かった。  落ち着いた低い声を聞きながら勉強できる。勉強しながら、くっついていられる。  普段とは違う立場で、違う目線で恋人を見られるのもとてもイイ。楽しい。勉強も捗るというものだ。  学力不足を補うなら、予備校に通ったり、学校のカリキュラムを利用したりすることもできる。ライでなければならないわけではない。  しかし、それではどうしても、ライとの時間が犠牲になってしまう。それは嫌だ。すごく嫌だ。  希望は大学に合格したいが、ライと過ごす時間は一㎜も譲りたくなかった。  そんな希望のわがままを満たすのが、『ライさんにお勉強教えてもらおう大作戦』だ。 「俺、どうしてもこの大学に受かりたくて……ねえ、だめ?」  前回お願いしたように、希望は瞳を一層潤ませる。両手を顔を前で組んで、じっとライを見つめた。  ライはずっと希望を睨んだまま、動きを見せない。  暗くて深い緑色の瞳を前にして、希望も負けじと金色の瞳をきらきらと輝かせた。  しばらく沈黙が続いたが、不意にライが表情を和らげる。 「……いいよ」  前回と同じように、ライは目を細めて希望を見つめる。口元は微笑みに形になっていた。  優しい声と表情に、希望はなぜかひんやりとした。先日のより明確で、はっきりとわかる。部屋を快適に冷やすための冷房とは違う、背後にぴたりと迫る悪寒だ。 「……ほ、ほんと!? ありがとう!」  けれど、了承を得たことで、希望は表情を明るくする。  自分が頼んでおいて、戸惑うのもおかしな話だと、多少の違和感など振り払うように、希望は笑顔を見せた。 「最初に、模試で間違えちゃったところ教えてほしいんだけど」 「その前に」 「?」  希望はテーブルに広げた、プリントや参考書等に視線を落としていたが、もう一度ライに目を向けた。  ライは相変わらず、うっすらと微笑んで希望を見つめている。希望はまたゾクリと、背筋が冷えた。 「お前はこっち」  ライはゆっくりと床を指差した。  希望は一度そこを見て、首は傾げながらも、素直にソファから降りる。ライが示したところで、自然と正座してしまったことに、希望はまだ気づいていない。 「俺はこっち」  ライもまた、希望と一緒に座っていた三人掛けの大きいソファから立ち上がる。  希望が首を傾げていると、ライは一人用の、両側に肘掛けのあるソファに腰を下ろした。足を組んで、肘掛けにを肘を置き頬杖をつく。背もたれには堂々と背を預けていた。  ライと希望は向い合わせになった。希望は「ライさんは足長いなぁ」と、改めて感心しながらライを見つめる。  しかし、ライを見上げていると、鼓動がじわじわと早くなっていくのを感じた。落ち着かない。 「……ライさん……?」  戸惑う希望を見下ろして、ライは口元を楽しげに歪めた。       「……お願いします、は?」        頭の中で、本能の緊急警報が鳴り響いた。

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