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第7話

 めそめそとシーツに包まる希望の側に、ぽすん、とスマートフォンが投げられた。 「あー面白かった」  ライの言葉に、希望はうーっ、と唸って頭を抱える。  リビングでの恥辱の撮影会の後、寝室に連れ込まれて更なる辱しめを受けてしまった。もうお嫁にいけない、とシーツに包まるのも何度目だろうか。    それでも、のそり、とシーツから抜け出して、痴態がたっぷりと記録されたであろう自分のスマートフォンを手にとった。 「消すなよ」  希望はビクッと震えて、ライを見つめる。 「次は一週間後。合格ライン越えなかったら、オトモダチに写真送るから」 「なっ……や、やだ!」 「じゃあ頑張ればぁ? 俺はどっちでもいいけど」  ライはケラケラと楽しそうに笑い、希望は顔を真っ赤にして唸った。  ただでさえ身投げしたくなるほど恥ずかしかったのに、誰かに見られることを想像するだけで目眩がする。  そもそも自分のスマートフォンに記録が残っていることも耐え難いのに。  消したい、今すぐに。   「消したらまたペナルティ追加するからな」    くそっ! やっぱり心読めるのか?!    希望は驚愕と恨みを込めた眼差しでライを睨む。 「……ペナルティってなにするの……?」 「んー?」  ライは少しだけ考えるような素振りを見せた後、希望をちらりと見てまた薄く笑みを浮かべた。   「ひみつ♡」    その甘い声にキュンッと胸が高鳴ったので、希望は自分の胸を強めに殴った。      ***      その後の一週間、希望は気が気じゃなかった。   「……無理!」    部屋で一人になり、希望はベッドに倒れた。俯せになってじたばたと暴れる。    学校で友達と写真撮る時、今まで気軽にスマートフォンを渡せていたのに、絶対に渡せなくなったし、カメラロールを見られそうになれば不自然な動作で回避しなければならなかった。  なんとか誤魔化していたが、普段から希望は人との距離が近いので、常に緊張して過ごしていた。    友達や知り合いに、あんな写真やこんな写真を見られたらと思うと気が遠くなる。  幸いにも、勝手にスマートフォンを見てくるような知り合いはいなかったが、それでもドキリとすることはいっぱいあった。  見られてはいない、と信じたい。    倒れた拍子に投げ出したスマートフォンを、ちらりと見る。手にとって画面を操作し、恐る恐る画像を確認してしまった。    ……えっちだ!!    ばすんっ! とベッドに叩きつける。  とんでもなくえっちだ。えっちすぎる。    この一週間、希望は何度も画像を消そうとした。  しかし、削除のアイコンに触れようとする度に、ライの言葉が過って手が止まってしまう。   『消したらまたペナルティ追加するからな』    消したらどうなるんだろう、と想像すると恐ろしかった。もっともっとエロいことされてしまうのだろうか。また恥辱の撮影会が開催されてしまうのか。  それだけでなく、例えば画像を消したら、その瞬間に、どこかの誰かに送られてしまうなどというトラップが仕掛けられているんじゃないか、とも考えた。  そんなシステムがあるかどうかはわからないが、ライだったらやりかねない、と希望は思った。  だから、画像はまだ希望のスマートフォンの中にある。  希望はまた、そーっと画像を覗いた。    上にも下にも凶悪なものを咥えている写真。  赤い舌を掴まれ、瞳を潤ませている写真。  抗議も抵抗も許されず犯される後ろ姿では接続部がしっかりと映り、足を抱えられて撮られた写真には、行為を受け入れ悦んでいる証も映っていた。  うぅぅ、と呻いていた希望は、明日合格点取るまでの我慢だ! と心を強く保とうしていた。   「あ……」    しかし、いくつかの画像を見ていて、ふと気づく。    ……ライさんも少し映ってる……。    チラチラと覗いていた希望は、思わずじっと見つめる。  気づけば、先程までとは違う意味で、胸の鼓動が大きくなっていた。      ***      一週間前と同じように、希望は両手を組んで、じっとライの手元を見つめていた。  すべての採点が終わって、希望はライを見た。  先日とはうってかわって、ライは非常につまらなそうな顔をしている。 「チッ……合格」    え? この人舌打ちした?    希望が舌打ちに気をとられていると、ライが解答用紙を差し出した。やたら綺麗な赤い字で、合格ラインを越えた点数が書かれている。  少し遅れて、希望はほっと胸を撫で下ろした。ライが面白くなさそうな顔をしていることが気になるが、合格は合格である。 「チッ、つまんねぇ……解散」 「ちょちょちょちょっと!!」 「ああ?」  終わらせようとするライを、希望が掴んで引き留める。ライは心底煩わしそうに目を向けた。 「消してよ!!」  希望がスマートフォンを突きつけると、ライは珍しく、少しだけ目を丸くした。 「消してなかったの?」 「はあ?!」  希望も珍しく大声で驚くと、ライは意地悪そうににやにやと笑った。 「一週間も自分のえぐいハメ撮り残しておくなんて、すげぇ趣味だな」 「はぁぁ!? あんたが! 消したらペナルティーって! 言ったからだろ!!」 「そうだっけぇ?」 「~~っっ!!」  希望がやるせない怒りをダンダンッ! と床にぶつける。ライはケラケラと笑っていた。 「俺が一週間どんなに……っ! とにかく消してよ!」 「普通に消せば?」 「普通に消せんの?!」 「普通に消せるよ」 「消した途端トラップ発動してどっかに拡散されたりとかしない?!」 「ああ、その手があったか。考えとくよ」 「んもぉぉぉぉ!!」    希望は怒りで顔を真っ赤にして吠えるが、ライは笑っている。  細工してるかもしれない、と恐れていたが何もなかった。自分が勝手に想像して怯えていたかもしれないが、日頃のライの行いのせいだ。  じとりとライを睨むが、ライはにやにや笑って希望を見ているだけだった。  これ以上怒っても、抗議しても、ライが面白がるだけだと悟り、希望は不満そうな顔のままソファに座った。  希望がさっそく画像を消し去ろうとしていると、隣にライが座る。希望の様子を観察しているようだった。  無視してやる、俺は怒っているんだ! と無言で主張していたが、ライの視線が気になって、ちらりと見てしまう。 「……ペナルティってなんだったの?」 「んー?」  つい気にかかっていたことを尋ねてみると、ライは少し考えている。一週間前に尋ねた時よりも少し長く、考えていた。   「じゃあ、生配信?」 「……」    なにが、じゃあ、だ。  危なかった。   「絶対嫌だ」 「なんでそんないやがんの?」 「嫌に決まってるじゃん。嫌っていったじゃん」 「いやいや言いながら、めちゃくちゃ締め付けてきたくせに」  ライが希望を覗き込む。希望はライを睨み、そんな希望を見て、ライは楽しそうに笑っていた。 「あーゆーの好きなんだろ? お仕置きとか関係なく、またしてやろうか?」 「好きじゃない! 絶対嫌だ!」 「いいじゃんエロくて。この写真とか」    ライは、希望が消そうとして画面に出していた写真を示す。    後ろから足を抱えられている写真だ。  激しい行為で赤くなってしまった蕾も、ぐっぷりと挿しこまれたライの赤黒い雄も丸見えだ。快楽に呑まれている自分の顔も。   「……いやだ」 「何が?」    希望がぼそりと呟くと、ライが首を傾ける。 「俺がこんなことになるの、ライさんだけだもん。これはライさんだけの俺だもん……。それに……」  希望はじっ、と画面を見つめた。    その写真には、ライの笑みの形に歪んでいる口許だけが映っている。  足を抱えている太い腕、たくましい体も希望の体によって大半が隠れているが、それが逆にそのたくましい体を際立たせている。   「……ライさんも映ってるじゃん……」 「それがなに?」 「いやじゃないの?」 「別に?」 「……おれはいやだ」 「わかんねぇな」    希望が唇を尖らせて、不満であることを主張している。ライには何がそんなに不満なのかがわからなかった。 「何が不満?」  むすっとしてる希望の唇撫でた。すりすり、と親指の腹で優しく撫でて、尖った唇を和らげる。希望がライをじっと見つめた。 「……」 「なに?」  何か言いたげな希望を、促すように聞き返せば、少しの沈黙の後、希望が口を開いた。 「……ライさんの……が、おっきくなってるの、おれとするからだもん……。おれがおっきくしたんだもん……。この顔だって、おれとする時の顔だもん……」 「……だから?」 「……だから、このライさんを他の人が見るの、いやだ」  希望はそれだけ言うと、ぎゅうっと唇を結んだ。ライも何も返さないから、二人の間に沈黙が流れる。    希望は後悔していた。喋りすぎた、と悔いて、今さらながら唇をきゅっと噛む。  うざいと思われたかも。重いと思われたかも。こんなこと、言うつもりじゃなかったのに。  ぐるぐると頭の中を後悔が回っている。    俺はライさんのだけど、ライさんは俺のじゃないのに。    落ち込み、俯いてしまった希望の頬をライが撫でた。撫でながら上を向かせて視線を合わせる。 「……っ?」  頬を撫でて、髪を撫でて、すりすり、なでなで、わしゃわしゃ、と優しく触れてくる。  希望がなすがまま、きょとんとした顔で見上げていると、ライはどこか満足そうに微笑んでいた。   「お前にしては上出来」 「?」    希望は首を傾げた。          その夜は。  やたら丁寧に愛撫され、頭の芯までとろとろになるぐらい丹念に可愛がられた。  希望には何がなんだかわからない。  合格のご褒美かなぁ、と少しだけ思ったけれど、途中でどうでもよくなった。    ……ライさんの気まぐれにも、困ったもんだなぁ。    なんて、考えながら、つかの間の穏やかさに身を委ねたのだった。

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