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第11話

 今日も、ライに見つめられながら、希望は真剣に問題と向き合っていた。    ……あれ?    懸命にシャーペンを走らせていた希望は、突然手を止めた。時間内に問題を解かなければまたお仕置きが待っていることは十分すぎるくらいにわかっていたが、それでも思わず手を止めてしまう。  何度も解いてきた類似問題を前にして、希望は気づいた。    ……この方法で解かなくても、良くない?    ライから教えてもらった解き方よりも、今希望が気付いた解き方の方が簡単な気がした。時間も短縮できるし、複雑でなくなった分、間違えることも少ないかもしれない。  でも、複雑な方はライが教えてくれた方法だ。何か理由があるはずだ。  希望はライを信じていた。丁寧に時間をかけて、わかりやすく、優しく教えてくれたのだから、きっとこの方法でなければならない理由があるはずだ、と。  あれ? なんか不安になってきた!   「……あのー、ライさん?」 「ん?」  気づいてしまったからには確認しなくてはならない。  希望はちらりと控えめにライを見つめた。ライは少し首を傾げて、微笑んでいる。 「この問題なんだけど……」 「うん」 「ここをこうやって、こうした方が解きやすいかなーって……」 「そうだな」 「え?」 「ん?」 「……え? ……え??」  希望が首を傾げて、きょとん、とした顔でライを見つめている。ライがなぜか優しい微笑みでそれを眺めていたが、ついには堪えきれずに笑い出した。  珍しく腹を抱えて笑うライに希望は、はッとした。    こ、こいつまさか!?    希望は目を見開き、若干震えている。  しばらく笑うだけ笑って、ライはやっと希望を見た。けれどまだ、笑みを隠しきれていない。 「この問題だと、お前が今言った方法が最短で最善だろうな。さっきまで、時間かかるし間違えやすいのによく頑張って解いてるなって感心してた」 「さいって――!!」  希望が真っ赤になって叫んで、がたんと勢いよく立ち上がった。  ライはまだにやにや笑っている。それが希望の怒りに油もガソリンもたっぷり注いでいった。 「あんなに丁寧に時間かけて優しく教えてくれたのに! 変だと思った!! ライさんの意地悪! 性悪! 俺の三日間返せ!!」    苦手な分野だったから教えられた方法で解けるよう一生懸命覚えて、実践してきたのだ。他にも勉強したいところはあったけれど、この三日間はこの問題を克服することに集中していた。  それがぜんぶ、罠だったなんて!  希望が怒りのあまり潤んだ目で鋭く睨む。  けれどライは、はっ、と鼻で笑った。   「苦手だからって自分で考えずに言われたままやるからだろ? このまま出題されれば良いだろうけど、応用系とか変化系になったらどうすんの? この方法で解く意味を考えてたらすぐわかることだろ。ただの丸暗記でも結構だけど、せめて問題の構造を理解してから解けよ」 「ぐっ、畳み掛けるような正論……!! ライさんのくせに!!」 「あ? なんだやめるか?」 「あぅっ! ごめんなさい!」  怖い目で睨み返されて、希望はぴゃぁっと怯んだ。    ライに教えてもらえなくなるのは困る。  教えるのも上手いし分かりやすいし、聞きたい時にいつでも聞けるのは心強かった。志望校の試験傾向の分析もしてくれたし、それに合わせた課題も作って模擬試験まで用意されている。仕事の量を控えているとはいえ、勉強時間が限られている希望はひたすらライを頼っていた。    悔しいが、解き方自体間違っているものではなかったので、希望は怒りをおさめるしかない。唇を尖らせて座ると、ライは悠然と頬杖をついて、希望を眺めていた。楽しそうに笑っている。 「口答えしたからペナルティでマイナス五分」 「うぅ――!」    殴りたいこの笑顔ッ!    拳を握りしめ、奥歯を噛み締める。悔しさに瞳を潤ませながらも、希望は再び問題に取り組み始めた。心なしか筆圧が強まり、シャーペンの芯がパキパキとよく折れる。  それが可笑しくてたまらないのか、ライは、くくく、と喉の奥で押し殺したように笑った。 「そんなに怒んなよ。これで忘れないだろ?」 「……忘れないけど見るたびに思い出しそうだよ」    この怒りと悔しさをな!    そんな気持ちを込めてライを睨む。不機嫌さを隠さない希望の態度にも、ライは動じることなく軽く笑っていた。   「思い出すって何を? 俺を?」 「……」    ライがからかうように、目を細める。  希望は眉を寄せ、唇を尖らせた。何も答えず、プイッと子供じみた動作で顔を背けるが、ライはやっぱり笑っている。    悪戯が成功して喜んでいる年上の恋人の無邪気さに、きゅんきゅんとときめく心臓を、そろそろ握り潰してしまおうかと、希望は思った。

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