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第21話
ライが二人に気付くと、舌打ちをした。
「ずいぶん薄汚れた仔犬ちゃんがいるな、残飯漁りでもしてたのか?」
サングラスを外しながら、ライは恭介を忌々しげに睨んだ。サングラスを外しただけで、周囲の人々がざわつき、より明確に熱い視線が向けられたことなどライには関係なかったが、恭介の気には大いに障った。ライが平然としていることが何よりも苛立たしい。
「可愛い後輩の可愛い兄弟と仲良くお食事だよ、腐れ外道」
「よく吠える野良犬だな。芸のひとつでも見せて媚売れば?」
「俺が野良犬ならてめぇは狂犬だろ。いっそ生まれ直せ。手伝うぞ」
「やってみろよクソチビ」
「誰がチビだ!!」
「声だけでけぇな、かわいそ。他のとこがでかけりゃまだマシだっただろうな」
「何の話だコラァ」
「ふ、二人ともやめなよぉ……」
人々の視線が集まっている中での不穏なやり取りに、希望は怯えていた。
恭介の身長は低くない。平均並みだ。同級生の中で頭一つ分高い希望より、少し低いくらいだった。規格外のライと比べたら誰だって小さく見える。強いて言うなら童顔なので、希望は「恭介さんって可愛い顔してるなぁ」とちょっとだけ思っているが言わない。
どうして同期なのに仲良くないんだろう、友達じゃないの? といつも不思議に思う。友達がいっぱいいて、みんなと穏やかで良好な関係を築いてきた希望にはきっと一生理解できない事だろう。
喧嘩を止めようと、希望がぎゅ、とライの服を掴んだ。
ライがそれに気付いて、希望に視線を向ける。希望が怯えた目で見つめていると、優しく微笑んだ。
「ん? どうした?」
ライが見てくれたことにも、優しい微笑みと柔らかい声にも安心感を得られず、希望は恐る恐る口を開いた。
「あの……恭介さんは俺が誘って、ご飯食べただけだから、怒んないで……?」
「ああ、そう。じゃあ拾った場所に戻してこいよ」
「ひ、拾ってないよぉ」
「ほらみろあの仔犬ちゃん、ママと離れてキャンキャン鳴いてるだろ? 捨ててこい」
「恭介さんは仔犬ちゃんじゃないよぉ」
希望は、それこそ仔犬のように震えながら、頑張ってライに向かっていった。ぷるぷる震え、うるうると瞳を潤ませている。何を言っても、ライから意地悪な答えしか返ってこなくて、希望は心が折れそうだった。
ライはそれを楽しんでいるようにしか見えなくて、恭介はまた舌打ちをした。
「おい、希望をいじめんなよ、怯えてんだろうが」
恭介の言葉に、ライもまた舌打ちする。ライの意地悪に押し負けそうだった希望はほっとして、恭介を見つめた。
ああん、恭介さん……!
優しい……男前……超好き…って、いてててて!!
ライは希望の肩を掴んで、ものすごい力を込めてきた。このまま握り潰されそうだ。
希望が慌ててライを見上げる。目が合った途端、希望の身体だけ重力が五倍になったような圧力を感じて、思わず固まってしまった。ライの鋭く暗い眼差しが希望を捕らえて逃がさない。
「……誰に色目使ってんだ、Puppy」
地を這うような低い声が、希望の耳に響く。ここ一か月ほど聞いていなかったライの優しくない方の声は、なんだか懐かしくて、やっぱり怖かった。
ひぃっ……! 使ってない、とは言い切れない!
ていうか俺もPuppyになっちゃった!!
恭介の優しさにときめいてしまったことは事実なので、希望は涙目になってぶるぶる震えた。
「おいこら。いじめんなっつってんだろ」
見かねた恭介が再びライを睨む。ライは希望を掴んだまま、恭介に視線を向けた。
「懐いても飼わねぇぞ。ペットは二匹もいらねぇ」
「お前が人間も含めた動物全般に懐かれたとこ見たことねぇよ。諦めろ。誰が懐くか」
「ずいぶん喧しい犬だな。去勢してやろうか? ……ああ、あってもなくても同じか」
「何を確認したんだよ! ふざけんな! 去勢されるべきはどう考えてもてめぇだろうが!!」
二人が睨み合うのを、希望はただ見守っていることしかできない。市井の人々の視線が痛いが、ライがしっかりと肩を掴んだままなので、逃げることも出来なかった。
俺のせいなのもあるけど、二人とも同期なんだから仲良くしたらいいのに……同期って同級生みたいなものだと思ってたのに違うのかな……。
でも、恭介さんすごいな。ライさんに負けない態度で挑んでて、熊に向かっていく猟犬みたいに勇敢だ。
なのに、野良犬とか薄汚れた仔犬ちゃんって、口が悪いなライさん。恭介さんもかっこいいのに。あ、そんなこと考えてたら、今度こそライさんに肩潰されちゃう。やめとこ。
……あ、そっか、恭介さんはいい人だけど、ライさんの性格が悪いから仲悪いのかもしれない。それじゃあ仕方な……ん?
希望は何かに気付いて、驚愕の眼差しでライを見つめた。
あれ? 二匹ってなに?
ライさん誰と誰をカウントしたの?
まるですでに一匹ペットがいるかのような……
……はっ!? まさかさっきのPuppyって……!!
希望は一つの真実に辿り着いてしまった。
けれど、それを喧嘩している二人に、ましてやライ本人に確認することはできず、ただ一人恐怖で震えるしかなかった。
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