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episode2. 魅惑の彼(2)

(いきなり呼び捨てかよ……)  親しみを込めてなのか馴れ馴れしいだけなのか、きっと売れっ子モデルなのだろうが、しょっぱなから格下扱いをされたような気がして遼二は軽くへこんでしまった。  ひとくちに撮影といってもいろいろと種類はあるのだろうが、こんなことなら女性誌の現場にいる方が居心地がいいや――そんなことを思いながら黙々と機材運びに精を出す。そうこうする内に他の男性モデルたちが続々とスタジオ入りして来る様子に、ああやっぱり男性誌の撮影なのだと確信した。  見れば四、五人はいるモデルが、それぞれにダークで粋な感じのするスーツ姿でウロウロとしている。鼻歌まじりに化粧をチェックする者、一服をする者など様々で皆案外リラックスしているようだ。  女性誌の時はメイクや衣装替えなどでごった返していたから、雰囲気としてはこちらの方が気楽でいいかもなどと暢気なことを思ってもいた。  そんな遼二のお気楽思考が一気に引っくり返されることになったのは、それから間もなくして始まった彼らのミーティングの会話を聞いた時からだ。自らの師匠である氷川を取り囲んで交わされ始めた奇妙なやりとりが気になって、ふと彼らの方を振り返った。 「今日のテーマは”裏社会に盾突いて追われる男”っていうところだからな。紫月の役柄設定はどんなのがいいと思う? 例えば……撮っちゃいけねえモンを撮っちまったフリーカメラマンとかどうだろう? 闇取り引きの現場を抜いてマスコミに売ったのがバレて取っ捕まる設定なんか」 「或いは組織を裏切って、逃亡するところを押さえられた幹部とかでもいいんじゃねえ?」 「そーだな。紫月の雰囲気だったらフリージャーナリストよか幹部設定の方が合ってんじゃね? カメラマンだったら服装もラフなイメージがあるけど、紫月はスーツとかの方が似合うだろ?」 「だな! それにスーツの方が脱がした時に色気あんだろうし」  モデルの内の一人がクスッと笑いながらそう言ったのが妙に耳に残って、遼二はしばし聞き耳を立てながらも、荷を解くふりを続けていた。  驚いたのはその直後に続けられた会話だ。 「いいね、スーツ姿で陵辱されちゃう紫月! 今日のセットにも合ってんじゃん? 廃墟まで何とか逃げ込んだところで取っ捕まって犯られちまう姿なんて超ソソるだろ?」 「ならスーツは白系がいんじゃね? 俺らが黒だから、そーゆー意味でも目立つし」 「それに脱がした時も白の方がエロい感じだしな? この際、下着も白にすれば?」  破廉恥な会話の内容とは裏腹に、話している当人たちの表情は至って真面目そうなのにも驚かされる。  一体何の撮影だというのか、思わず先程紹介された”紫月”というモデルを視線が捜してしまった。

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