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episode2. 魅惑の彼(4)
「……すごいっすね? そんなに権力 あるんですか、あの人?」
わざと冷めたふうな口調でそう訊ねながらも、内心はドキドキと心臓音が早い。
「仕事が絶品だからな。そんくらいの我が侭だったらまかり通るってとこだろ? ま、そんな紫月に選ばれたわけだから、俺らもがんばっていいモン撮らなきゃって思うわけよ。お前も初めてのことだらけでたいへんだろうけど、しっかりアシスト頼むぜ!」
ガッツポーズでそう言われて、コクンと頷いた。
新鋭写真家だなどともてはやされるだけあってか、さすがにこの御師匠様は堂に入っている。今までもそうだったが、どんなに慌しい現場でも決して苛立たず、物怖じもせず、陽気にスムーズに仕事をこなす。
だが、まさかゲイ向け官能写真の撮影まで引き受けているとは思いもよらなかったというのが正直なところだった。しかも今まで同様、やる気も満々らしい。
一流になるってのはこのくらい度量が深くないとダメなのかなぁ、などと変なところに感心させられたりもして、遼二はただただ驚いたように自らの師匠を見つめていた。
そしてしばらくの休憩の後だった。支度を整えてメイクルームから姿を現した紫月という男を再び目にした瞬間に、遼二は自身の中で例えようのないような何かがうごめき始めたような感覚に囚われるのを感じて、少々戸惑った。
整い過ぎた顔立ち――
やわらかそうな髪――
思わず触れたくなるような肩先――
そのすべてが得体の知れない感情を焚きつけるようなのだ。
この気持ちはいったい何だ――?
「お待たせ! こんな感じでどうだ?」
他のモデルたちにそんなふうに声を掛け、茶菓子の置いてあるテーブルの周りで座談する。最終打ち合わせなのだろうか、紙コップに入った茶をすすりながら、皆と会話を交わしている彼から目が離せなかった。
先程聞きかじった打ち合わせ通りの真っ白なスーツを身にまとい、その粋なスーツのところどころに泥で擦ったような汚れが施されている。おまけに顔には殴られた痕のような痣がメイクされ、その痛々しさが整った顔立ちをより一層魅惑的に見せてもいるようで、彼の出で立ち仕草、すべてにドキリとさせられる。
しばしポカンと口を開きっ放しで視線が外せないといった様子に気が付いたのか、紫月という男は意味ありげに笑うと、撮影セットへと向かい際にわざわざ側を通って、フッとからかうように微笑んで行った。
すれ違いざまにフワリと立ち上った何とも言いがたい甘い匂いは香水だろうか、バクバクとしてとまらない心臓音に遼二は酷く焦らされてしまった。
白いスーツの後ろ姿、独特のクセのあるような歩き方が妙に心を逸らせる。
思わずその肩を掴んで振り返らせたくなるような、引き止めたくなるような、ヘンな感情までもが湧き上がる。
ものすごく不思議な感覚だった。
今までに味わったことのない感情だった。
理由の分からないままに気持ちが揺れる。
奇妙な胸騒ぎを体現すべくか、この直後に想像をはるかに超えた衝撃の撮影体験が待っているなどとは、遼二にとって思いもよらなかった。
- FIN -
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