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episode3. 渦(1)

 他人の視線を気にしながら、コソコソとアダルト書籍のコーナーをうろついていた。  ストレートの黒髪を、めいっぱい頬に垂らして顔を覆うようにうつむき加減、背筋を丸めてなるべく目立たないように装っても、一八三センチの長身では限界があろうというものだ。しかも幸か不幸か、よくよく整った顔立ちは、男前というより他に形容のしようがないくらいで、ワイルドさの中にも人の好い性質が透けて見えるようなソフトさをも併せ持ち、それら二つの見事中間をいくような曖昧さがブレンドされて、ひどく目立って仕方がない。誰かとすれ違う度に、必ずといっていい程、振り返って顔を見られるのが実に厄介だった。しかもほぼ控え目な感じでそれをやられるから、余計に気に掛かって仕方ない。なんだか密かに監視されているようで、不安な気分にさせられるのが堪らない。  ここは駅ビルの中にある大手書店の一角だ。駆け出しカメラマンである鐘崎遼二は逸る気持ちを抑えながら、とある本を探していた。  大学時代に友人に誘われるままに入った写真サークル、もともと興味の”キョ”の字もなかったこの世界に魅了されてしまったのはいつの頃からだったろうか。気付けば自らを誘った友人以上にのめり込んでしまった挙句、卒業を機に本格的にその道を目指そうと、アルバイトをハシゴしながら現在に至る。  そんな中、最も憧れであり目標にもしていた新進写真家の氷川白夜の助手として使ってもらえることになったのは、つい近日のことだった。  サークル時代の後輩から氷川の事務所で助手を募集していることを聞いて、ダメ元で履歴書を片手に押し掛けた。応募の詳細がいまいち分からなかった故、焦って直談判のような形をとってしまったその行動が意外にも功を奏して、氷川本人になかなかガッツのある奴だとその場で採用を口にされた時には、喜びを通り越して驚きもひとしおだった。  そうして都合のよすぎる追い風に乗るように始まった助手としての日々は、過酷でありながらにして充分に刺激的だった。  早朝から深夜までの慌ただしい撮影、華やかなファッションモデルたちを目前に雲の上を歩くようなトキメキの連続、はたまた夜通しでの画像データの整理などすべてが新鮮で、忙しないながらも充実した毎日を過ごしていた。そんな折だ。  つい過日の撮影現場で、助手になって初めてといっていい程の大失態をしでかしてしまったのだ。モデルたちの目の前でレフ板を引っくり返し、挙句は撮影自体をも中断させてしまう程の失態。原因はゲイ向け官能写真集の現場で目にした光景そのすべてが衝撃で、あまりのカルチャーショックに身動きがとれなくなってしまったというものだった。

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