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episode3. 渦(2)

 若手ではその右に出る者はいないというくらいにもてはやされている師匠の氷川が、まさか官能写真の撮影にまで携わっているということにも驚かされたが、それが男性同士の絡み合う、しかも恋愛ものではなく陵辱強姦系だったということが輪をかけて刺激となってしまったわけだ。だが失態以前に最も衝撃だったのは、その撮影で主役を務めていた男性モデルのことが気に掛かって、それ以来脳裏から離れないということだった。  そして今、そのモデルが載っているというゲイ雑誌を探して、密かに大型書店内をウロついているというわけだ。  確か、写真集も数冊出していると言っていたっけ。それらの内のどれでもいいから、とにかく手に入れば見てみたいという欲求が抑えられずに、日々モヤモヤとした感情に振り回されている今日この頃――まさか自身の中にこんな欲望があったなどとはおおよそ信じ難い。  だがちょっと視点を変えてみれば、これだって立派な仕事の一環だ。例の男性モデルと組む撮影は今後もあるようだし、次の時にまた同じ失敗を繰り返さない為にも、彼についての知識を得ておいた方がいいのは当然だろう。その為に彼の出ている写真集や雑誌に目を通しておくのは、冷静に考えてみても決しておかしなことじゃない、むしろ褒められた学習意欲といっていい。  ここへ向かう途中に何度も自分にそう言い聞かせながら来た。かくいう、書店を回るのはここで六件目だ。自社ビルを持つ程の大型書店をはじめ、少々入りづらいそれ専門のマニアックな店まで、思いつく限りでアダルト系を多く置いていそうなめぼしい所を当たったが、そのどこにもお目当てのものは見当たらなかった。  まあいつ頃出た写真集なのかもはっきりとは分からない上に、そういった類のコーナーで腰を落ち着けてじっくりと探せる程に肝が据わってもいない。男女もののアダルトコーナーでさえ足早になってしまう肝っ玉の小ささで、ゲイ向け官能写真集を堂々と探せるわけもなかった。  先程から何度も何気ないふりを装いながら、書店の隅っこの方に配置されたそれらしきコーナーを素通りする。千里眼よろしく屈指してみても、堂々とその場にいることすら冷や汗もののこんな調子では、たった一冊のそれを探し出すなど不可能に等しかった。  既に夜の九時を回っている。如何に遅くまで開けている繁華街の書店とて、そろそろ閉店間際だろう。なんだかどっと疲れが押し寄せてくる気がして、諦め半分に店を後にした。

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