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episode3. 渦(5)

「……ッ、こっちも売り切れ、入荷も未定ってさ……」  これってもしかしてわざとかよ、と思わされるくらいに全滅だ。  そういえば思い出した。確か師匠の氷川が言っていたことには、一之宮紫月の写真集は過去に二冊が出されていて、今回の撮影が三冊目に当たるとかだったような……。  ということはこれで全部というわけか――なんだか癪に思えてきて、この際は雑誌の一部でもいいからという気にさせられ、検索を続けた。  やはりこういったものはソレ専門のサイトでなければ扱いはないのだろうか。少々気後れ気味ではあったが、それらしきを調べて回った。  そんなことを繰り返し、途中で別のゲイ写真集のコーナーを俳諧、散々それ系統の商品ページを渡り歩いたりしている内に、あっという間に夜は更けていった。  いくつか別の通販サイトを巡っても、結局お目当てのものはすべてが品切れ、どこへ行っても肩すかしをくらったようで、一気に疲れが押し寄せてきた。まあ明日は出張撮影もスタジオ撮影もなし、事務所でデータ整理がメインの予定なので気に病むまでもないといえばそうだが――とにかく気力体力共に削がれて、急に眠気が襲ってきた。  そのまますっかりと眠りに落ち、翌朝は出社ギリギリで目が覚めて、慌てて身支度だけを整えて家を出た。朝食は満足どころかほんの一口もできないままに、昨日の疲れも手伝ってか、全身がダルダルの腑抜け状態だ。 「あーあ、今日、現場入ってなくてよかったぜ……」  事務所に着き、荷物を置いて、先ずはコーヒーマシンに向かった。  とりあえず目覚ましだけでもしなければと、濃いめに豆を挽き、今日の事務処理の予定を確認する。師匠の氷川はまだ顔を見せていないことに少々ホッとさせられて、またまた苦笑いに口元がひきつる思いだ。  と、急に隣の事務室の扉が開き、中から事務所の大先輩である中津川という男が出てきたのに、驚いてそちらを振り返った。 「よー! 早えな。あ、俺にもコーヒー頂戴!」  ふぁーあ、と大アクビをしながら気さくそのものだ。  この中津川というのは、氷川の初の助手として数年前から修行を積んでいて、最近では独り立ちも間近といわれている男だった。助手といっても実年齢は氷川より五つ六つ上の三十代も後半らしい。無精髭がトレードマークの、一見にしてズボラな雰囲気丸出しの大男だが、仕事は細やかで氷川譲りの才覚もあるとされ、評判も上々だ。そのくせ威張ったようなところは微塵もなく、ペーペーの新人や後輩などにもわけ隔てなく接してくれる懐っこさは本当に有難い。無論、遼二も例外ではなく、事務所に入ってからこのかた、よく面倒を見てもらって非常に助かってもいた。  その彼が朝一で事務室から出てきたところを見ると、きっと徹夜で作業をしていたのだろう、遼二は淹れたばかりのコーヒーをカップへと注ぎ、眠たげにしている彼へと差し出した。

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