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episode3. 渦(8)
「おうよ、ネコ! けど新人の頃は逆だったんだよな、確か。タッパもあるし、パッと見はタチ役に見えなくもねえだろ? 編集部も本人もそのつもりでワイルド系目指してたらしいんだけどよ、読者の要望が多いからとかで逆を演るようになったんだと」
「要望……ですか」
思わずそう相槌ちを打ったが、それより何よりネコだのタチだの、そりゃいったい何のことだ?
ワケが分からず、既に話に付いていけていない状態だったが、それでもひょんなきっかけから次々と飛び出す知られざる彼の素性めいたものへの興味がとめどなくて、遼二は懸命にその先へと会話を振った。
「やっぱ読者からの要望とかって大事なんスかね?」
「そりゃそーだろ。商売絡んでくりゃ当然でしょ? で、何だっけ? なんでもヤツが犯られるっぽいのが見てえとかって編集部に投稿が殺到したって話でよ」
「ヤられる……って」
「すごかったらしいぜ? 『紫月君がボコられて犯されるヤツをお願いします』とかさ。要は単にケツ掘られるんじゃなくって強姦されるみてえなシチュの希望が異様に多かったんだと! ゲイアダルトにしちゃ驚くほどメールとか書き込みがきたってんで、試しに特集組んでみたらすげえ反響! 増刷しなきゃ間に合わねえ勢いだったとか」
「…………」
「その流れで写真集も陵辱系に決まったんだよな。普通にヤってるだけじゃつまんねえからって。まあ、氷川はそれならそれでエロと芸術ギリギリみてえな感じで撮ってみてえとかって、案外張りきってたけどな?」
次々と明かされる彼についての話、それらを耳にしながら、まるで秘密を覗き見ているような気分になって、と同時に遼二は軽いカルチャーショックを受けた心持ちにさせられてしまった。しばらくは相槌ちさえ返せずに、軽く硬直状態が解けない。
「で、何? お前も例のエロ演技見て驚いちまったってわけか? そんで大失態?」
「えっ!? あ、ええ、まあ……」
バツの悪そうに視線を泳がせる遼二を横目にしながら、中津川はもう一服を吸い込み、そしてフッとやわらかく微笑んだ。
「ま、でも氷川がお前を連れてった理由が何となく分かるなぁ。ノンケ、ゲイ関係ナシに紫月ってのは仕事組む相手に関してはうるせーみてえだから? おめえくれー男前ならヤツからも文句出ねえだろうって、氷川はそう踏んだのかもな? なんせ俺ン時なんか『ムサくるしいおっさん』呼ばわりだったらしいからなー?」
「オッサン……ッすか?」
「そ! 酷えだろー? もっとイケメンで爽やかな助手はいねえのかって、文句タラタラだったって話よ!」
ガハハハ、と笑って中津川はフィルターギリギリまで灰になった煙草をひねり消した。
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