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episode3. 渦(9)

「さて、と。そろそろ引き上げるとすっかなー」  そう言って背伸びをし、だが、ふと思い出したように自らの机へと舞い戻ると、引出しを開けて何やらガサガサと忙しなさげに探し物をしだした様子に、遼二は未だポカンとしたまま、視線だけで無意識にその背中を追い掛けていた。  すると、少ししていきなり大声を上げたかと思いきや、 「おー、あった! これだこれ!」  うれしそうに叫ぶと、中津川は数冊の本の束を差し出してみせた。 「ほらよ! よかったらこれでも見て勉強しとけ! つか、免疫付けとけっつった方が正解か?」  ニヤッと微笑いながら差し出されたものの表紙を見た瞬間に、遼二は思わず「あっ!?」と声を上げてしまった。  長い間、引出しの奥底に放置してあったせいでか、表紙の帯が折れて擦り切れてしまっているが、それは紛れもなく喉から手が出る程欲しかったものに相違なかった。そうだ、昨日一日足を棒にして探し歩いたお目当てのそれ、官能モデル一之宮紫月の写真集だ。 「お前にやるよ。俺も一応携わらせてもらったんで取っといたんだが……それ見ていろいろ研究しろや。ってか、やっぱ免疫用って方が合ってっか?」  中津川は豪快に笑いながらそう言うと、写真集をよこして大アクビをしながら去って行った。  後に残された遼二は何が起こったかという程の軽い硬直状態のまま、しばらくは呆然とした感じでその場に立ち尽くしてしまった。  ずっと見たいと望んでいた写真集を両手に抱えたまま、ブラインドから差し込み始めた朝日が事務所の床に長い影を作っていくのを、ぼんやりと見下ろしているのが精一杯。それほどに高揚させられ、だがその反面、手にしたそれをすぐに開くこともできない。遼二にとって、それ程に衝撃であった。  その日は一日中うわの空同然で過ごし、夕刻になって事務所を出る頃になっても、未だ現実感のないままに帰路についた。  それでも自身のアパートメントが見えてくる頃には幾分か心が逸り出し、心拍数も上がるような気がしていた。ドアの鍵を開け、靴を脱いで荷物を置けば、今までの夢遊感から急に現実へと引き戻されるような感覚が襲い来る。  バクバクとし出す心臓音は最早ただひとつのことで頭がいっぱいであることの証拠だ。逸る気持ちを抑えて鞄の中から二冊の写真集を取り出し、震える手でページを開いた。  どうしてか事務所では見る気がおきなかった。

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