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episode4. 癪香(2)
「殺陣 は使わねえ。ボコる時も”ふり”じゃなくて本気でやっていい」
「それって、演技じゃなくってこと?」
「ああ、そうだ。張り手食らわすのも手加減なしだ。ボコったっら強制フェラの後に顔射」
「その後は全員で紫月を拘束して輪姦 すってシチュだけど……挿入まではなしだろ?」
「ああ、ラストは正直どうでもいい。どうせ映像処理で画面ぼかしてフェードアウトだしな」
仲間を横目にふてぶてしく苦笑し、紫月は撮影セットの中へと歩を進めた。
ライトが当てられ、モデルらの配置も済むと、スタジオが色めき立つ。少々乱暴に袷を剥ぎ、ガウンを脱ぎ捨て放り投げ、紫月が惜しげもなく全裸を晒せば、スタジオ内からはちょっとしたどよめきが起こった。
色白の背中に施されたどす黒い痣のメイクが憐情感を誘う――
さすがに人気絶頂のモデルなだけあって、意気込みも大したものだと周囲のスタッフたちが熱気付く中で、本当のところを言えばこれが単なる自身のくだらない苛立ちの裏返しなのだと、自嘲の思いが胸を掻き乱す。滅多なことでは感情の起伏を見せない紫月の苛立ちの原因は、二日程前の、と或る出来事に起因していた。
◇ ◇ ◇
それは二日前の晩、写真集の撮影を担当するカメラマンの氷川白夜 らと、最終打ち合わせを兼ねて食事に出掛けた際のことだった。場所は有名ホテルに入っている、氷川お勧めのダイニングだ。
「テーマとシチュエーションは写真集用のと同じでいいんだな? こう撮って欲しいとか、特に強調して見せたい場面とか、お前の希望があれば聞いとくぜ?」
食後のコーヒーと共にうまそうに煙草をくゆらしながらそう訊いてよこす、この氷川は新進写真家として名を上げている、業界内でも注目度の高いカメラマンの一人だ。年齢はまだ三十代の半ば手前といった若手だが、既に自身の事務所まで構えている程のやり手で、写真家としては無論だが、経営者としての才覚も伴っている頼もしい男だった。
普段の撮影時には助手を一人連れているだけの彼だが、今回は動画撮影ということもあって、事務所の中でもベテランで腕のいい中津川耕治 という男も撮影に参加することになっていた。紫月のファースト写真集の時にも助手として活躍していた彼だが、今回、動画のカメラはこの中津川が回すらしい。
「うーん、やっぱりカメラは二台必要かなぁ。メインは中津川に任せるとして、俺も別方向から撮ってみるか」
灰皿へと煙草をひねり消しながら、氷川が独りごちている。
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