21 / 85

episode4. 癪香(3)

 そんな様子を横目に、 「そうだな、遼二じゃカメラ回させんのは、ちっとばかし無理があるだろうしな」  ニヤけまじりで中津川が相槌を打って返す。黙って二人の会話を聞きながらコーヒーを口にしていた紫月は、中津川が口にしたその名前を聞いて、僅かに眉根を寄せた。 「遼二って、もしかしてあの新入りの助手?」 「ああ、そうだ。この前の撮影ん時に連れてったヤツだ」  『なかなかのイイ男だろう?』などと言いながら、少し自慢げに氷川が笑う。それというのも、以前、撮影の際に助手として連れて行った中津川のことを、紫月が”野暮ったいオッサン”よばわりした経緯があるからだ。どうせならもっと見目の良いイケメンを連れて来てくれよと文句を言ったのは有名な話で、紫月自身も身に覚えのあることだった。 「そりゃまあ、見た目だけなら多少イケてるけどよ」  少々口を尖らせながらも、紫月はバツの悪そうに中津川の方をチラ見した。 「酷っえなー、紫月君! 今、俺と遼二を比べたろ? 俺だってこの中年腹さえ引っ込めば、そんなに悪くねえと思うんだけどなぁ」  こちらもふてくされ気味に、だがユーモアもたっぷりといった調子で、中津川はゲラゲラと笑ってみせる。彼のこんな一面は人の好さがよく表れているというか、滲み出ているといったところだ。無論、紫月もそこら辺はよく分かっているようで、苦笑しながらもすぐにフォローの言葉を口にした。 「あれは中津川さんに対する尊敬の裏返しなんだってば。俺、ヒカちゃんちのサイトで中津川さんの作品見て、すげえカッコいいって思ったもん!」  紫月は前々から氷川のことを略して”ヒカちゃん”と呼んでいる。彼が誰かに対してここまで砕けるのは珍しいのだが、それくらいこの氷川に対しては信頼度が高いというところなのだろう。また、サイトというのは事務所のホームページのことで、その中で所属カメラマンの撮った作品などもアップしているから、時折覗いてみたりしているのだ。 「たまに作品の画像入れ替えてるっしょ? こないだ新作で出てたの全部見たけど、幻想的で感動だった」 「マジか、それ! おお、すげえ! まさか紫月君に見て貰えてるとは思わなかったぜ! 何かめちゃくちゃ感激……つーか、おじさん嬉し過ぎてやべえよー!」  またもや豪快なゼスチャーをまじえてはそんなことを言って、三人はしばしサイトや作品の話などで盛り上がった。 「けどよ、その遼二ってヤツ。ダイジョブなの? こないだはレフ板とか引っくり返したりして、えれー緊張してたみてえじゃん」  紫月は、自身もまた取り出した煙草に火を点けながら、氷川に向かって上目使いでそう言った。

ともだちにシェアしよう!